第5回えざおの毒コレクション【メタンフェタミン(覚醒剤)】

〈麻薬〉

みなさんこんにちは。
今回ご紹介する“猛毒”はメタンフェタミンです。ご存知の方もいらっしゃると思いますが日本で最も乱用されている覚醒剤です。大人気海外ドラマのBreaking Badでもメインアイテムになりました。覚醒剤が毒というのに違和感を覚えるかもしれませんが中毒死する事件例もありますしそもそも人生をボロボロにぶっ壊す魔性の粉は毒以外の何物でもありません。

僕のコレクションからはメタンフェタミンの結晶…なんて不可能ですからそれにまつわるもの、ヒロポンの空瓶を載せておきます(中身が入ってたら一大事)。ちなみにめちゃくちゃ良いお値段でした。


メタンフェタミンは白色結晶で隠語としてS(エス)、シャブ、アイス、クリスタルメスなどと呼ばれており、反社会的人物が裏で業界人や一般人相手に取引を行なっています。めちゃくちゃに強い精神依存性と薬物耐性を有しており手を出したら最後人間を辞めることになります。
さて少し化学的なお話をします。1800年代後半、日本人薬学者の長井博士が麻黄からエフェドリンを発見します。麻黄は現在でも咳止めの麻黄湯として市販されています。その有効成分がエフェドリンなのです。この発見は多くの気管支喘息患者を救うことになります。

また、市販の感冒薬にもエフェドリンの誘導体としてメチルエフェドリン(の塩酸塩)が含まれています。同様に咳を鎮める作用があります。

そして長井博士はさらにこのエフェドリンを使ってメタンフェタミンを合成します。当時はまだその恐るべき作用は知られていませんでしたが、これにナチス・ドイツが気付き、疲労回復薬として軍事利用し始めます。これが世界中に広まり第二次世界大戦では士気向上、疲労回復の目的で枢軸国軍や連合国軍が利用し始めます。そして1945年の敗戦後、大日本帝国では軍が大量備蓄していたメタンフェタミン製剤が市場に流通し嗜好品と化します。そのメタンフェタミン製剤こそが大日本製薬株式会社(現大日本住友製薬)製造の「ヒロポン」なのです。ヒロポンは「疲労をポンと解消」という意味とギリシア語の労働を愛するの意である「ヒロポノス(Φιλ?πονο?)」を掛けた名前です。ヒロポンことメタンフェタミンの恐ろしい副作用が明るみになった現在では限定的な治療と研究目的以外での使用、所持、販売が厳しく規制されています。

メタンフェタミンの作用は多幸感、気分爽快、精力増進、疲労回復、不眠、食欲減退、錯乱、幻覚、渇望感、倦怠感があります。一瞬の幸福に対しての副作用および薬物耐性は凄まじく、薬物使用量を増やしていくのに拍車を掛けていきます。

何故これほどまでにメタンフェタミンは強い精神依存性を示すのか。それは報酬系神経回路に作用してドパミンやノルアドレナリン、アドレナリンなどのモノアミン系幸せ伝達物質をドッバドバ分泌させるからです。これら幸せ伝達物質はフェネチルアミン骨格を有することが多いです。フェネチルアミン骨格を有する化合物は神経に強く作用する傾向があり、エフェドリンやメタンフェタミン、アンフェタミン、MDMAなどもこの構造を有しています。

そして本来ならこの幸せ伝達物質にモノアミン酸化酵素がはたらいてアミンを分解し、不活性化させるところをメタンフェタミンは阻害剤として働きます。また、モノアミンを再度取り込むための輸送体(特にノルアドレナリン輸送体)の向きさえも反転させます。これら3つの作用によってシナプス間のモノアミン濃度がめちゃくちゃ高くなり、幸せ伝達物質を分泌しては分解してを繰り返して保っていた幸福感の均衡を一気に崩れさせて幸せ大安売り状態を大脳で作り出し、中枢神経を著しく興奮状態へと持っていきます。
物事をやり遂げた達成感や好きな人と一緒にいる喜びなど日常で感じていたものを遥かに超える快楽がメタンフェタミンによって引き起こされるため、人生が味気ないものになります。何をやってもメタンフェタミンの快楽に勝てないのです。しかも副作用の渇望感付き。これが再度メタンフェタミンへと走らせる原因となります。そして今までの使用量では効果が現れない薬物耐性というものが起こりどんどん使用量が増えていくという負のスパイラルが起こり、最終的には人としての尊厳を失って人生が破綻します。

さて、過去4回では少量で人を殺す毒を紹介してきました。今回紹介したメタンフェタミンも量が多ければ死亡します。ただ致死量が比較的多いから毒性が低いというわけではなく、その致死量に達するまでズブズブ引き摺り込んでくるのがメタンフェタミンなのです。生命的な死だけでなく一度摂取しただけで社会的な死をもたらし、人間として生きていくことさえ不可能に近い状態に堕とすメタンフェタミンの恐ろしさがわかっていただけたでしょうか。
それでは次回の“猛毒”までさよなラジカル。

えざお

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