第4回えざおの毒コレクション【ストリキニーネ 】

〈植物毒〉

みなさんこんにちは。
今回ご紹介する“猛毒”はストリキニーネです。あまり聞き馴染みのない名前ですよね。アルカロイドの一種でマチンの種に含まれており、かなり強い毒性を有しています。マチンの種数個で成人致死量に達するといえば猛毒であることは伝わると思います。過去にはストリキニーネ製剤を用いた恐ろしい殺人事件も起こっています。

僕のコレクションからは観葉植物の栽培用に販売されているマチンの種を載せておきます。強い毒性から取扱店舗が少なく入手に一苦労しました。

マチンは橙色の果実を実らせる植物でその種子は特徴的な灰色の平たい円盤状をしています。銭のような見た目から名前も漢字で書くと「馬銭」となるようです。前述の通り種子には猛毒アルカロイドであるストリキニーネ が含まれており、矢毒としても使われていました。また、トリカブトの例にもあるように毒性が強いことはすなわち生理活性が顕著であるという点から漢方生薬に利用されており、馬銭子や蕃木鼈子などの名前で消化不良に有効であるとされています。ただトリカブトと同様に素人による処方は大変危険です。
ここからは少し化学的なお話。マチンの猛毒アルカロイドであるストリキニーネは1818年に単離され、元素組成が判明するのは20年後の1838年であり、その110年後の1948年にやっとX線構造解析によって構造決定がなされました。構造決定に貢献したロバート・ロビンソン(あのロビンソン環化の人)は「この分子量では知られている限り最も複雑な構造である」と評しています。また、構造決定を行ったR・B・ウッドワード教授はそのわずか6年後にストリキニーネ 全合成(単純な化合物から複雑な天然有機分子を合成すること)という大偉業を成し遂げました。合成法は29段階で収率は0.0002%というものでしたが、現在に至るまでストリキニーネ全合成は有機合成化学者の注目の的であり、今では6段階合成が可能となり収率も改善されました。

ストリキニーネの致死量は30~120mg程であり、主な中毒症状は強い痙攣、弓形に身体が仰反る、ミオグロビン尿などで、重篤な場合は呼吸麻痺が起こり死に至ります。

何故これほどまでにストリキニーネは強い毒性を示すのか。それは脊髄や脳など中枢神経系に存在するグリシンレセプターと呼ばれる受容体に対してブロッカー(遮断薬)として働き、グリシンを阻害するからです。グリシンは興奮抑制系の神経伝達物質として働くため、阻害されてしまった結果としてブレーキがぶっ壊れて暴走し、運動興奮状態で痙攣等の諸症状が起こった末に身体が追いつけずに死に至るというわけです。

ストリキニーネ摂取の治療法としては、中毒症状は刺激によって誘起されるためなるべく刺激を与えずに鎮痛剤、筋弛緩剤を投与して運動興奮を和らげ、痙攣を防止した上で気道を確保します。体内分解が比較的早く行われるため、24時間経過後の生存率は高めになります。直接死因である呼吸麻痺は痙攣など運動による身体の過度な負担によって引き起こされるものなのでこのような治療法が取られています。

最後にストリキニーネを殺人の凶器として利用した実際の事件を紹介します。「埼玉愛犬家連続殺人事件」です。割と有名で聞いたことある人もいるかもしれん。この事件は遺体消失による完全犯罪を目論んだものとしてかなり残虐でエグいことになっているため当時かなり話題になりました。
ざっくりあらすじだけお話しします。犯人である夫婦はペットショップを営んでおり、日頃から詐欺まがいの商売ばかりを行っていました。顧客とのトラブルも多々起こっていました。そこでこの夫婦はトラブった顧客を知り合いの獣医師から譲り受けた殺処分用の「硝酸ストリキニーネ 」で殺害し、遺体を店員の自宅風呂場でバラバラにしました。肉と骨に切り分け、肉は川に捨てて魚の餌に、骨は醤油をかけて(異臭でバレないように)ドラム缶で焼却したのち山林に遺棄しました。遺体を完全に消滅させたことから捜査のしようがないこの事件は遺体なき殺人として完全犯罪に思えましたが、店員の裏切りにより事件が立証、公判にて検察側の主張を全面的に認める結果となり死刑判決が言い渡されました。この一連の残忍な事件は映画「冷たい熱帯魚」のモデルにもなっています。犯人による「ボディを透明にした」というフレーズはゾッとするものがありますね。

後半はほぼ毒殺事件の概要を話してしまいましたが、やはり強力な毒は殺人凶器として悪意ある人間を惹きつける魔力があるようです。かなり恐ろしいストリキニーネのお話でした。
それでは次回の“猛毒”までさよなラジカル。

えざお

【参考文献】
[1]薬学部医療薬学科教員コラム-姫路獨協大学
[2]劇薬指定成分について-厚生労働省

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