【もう消えない終わり滅び未来のトロイメライ】あなたが知らないユートピアのオピオイドへようこそ〜ピンクと灰の幸せと死合わせ〜

みなさんこんにちは。今回は令和ラボ初の試みとして医薬品を擬人化している美術部とコラボして医薬品化学や歴史などを豊富な画像資料と可愛いイラストでなぞることで小難しい薬の世界を楽しく紐解いていこうというわけです。そんな企画の第一弾は「オピオイド」です。なんか聞いたことあるような無いような…。しかし、オピオイドは医療において非常に重要な薬品で創薬の原点と呼んでも過言ではないのです。というわけで前置きはこの辺にして本編に参りましょう。


●オピオイドとは?
オピオイドの歴史として19世紀、有機化学の進歩は創薬研究を植物の含有する有効成分の化学的探究へと向けさせる大きな力となってから植物から有効成分を単離して化学構造を明らかにしてそのものを薬として必要に応じて構造を変えて薬とする研究が発達し、1803年ドイツの薬剤師がアヘンからモルヒネを単離精製することに成功したことから始まり、エメチン、ストリキニーネ、カフェイン、キニーネ、コルヒチン、ニコチン、コデイン、アトロピン、エフェドリンが1900年代までに単離された。いずれも代表的なアルカロイドである。
 
 
 

このうちアヘンから採れるアルカロイドや各種誘導体をオピエートと呼びオピオイドの中でも特別中枢神経に作用するグループを呼ぶ。ケシはインドなど西アジアが原産で2年生草本で初夏に花を咲かせ、サク果は楕円形の球状で「ケシ坊主」とも呼ばれる。全草に連合乳管が存在しており植物体を傷つけると白色の乳液が漏れ出て空気酸化で黒変し固まる。この黒色固体がアヘンである。日本薬局方ではアヘンを細かく粉末状にすり潰して添加剤に乳糖やデンプンを加えたものを「アヘン末」として登録している。

    (※撮影場所:東京都薬用植物園)


外来種としてよく道端のアスファルトで自生しているオレンジ色の花を咲かせるナガミヒナゲシは同じケシ科だがこれからはアヘンが採れないので放置されている。アヘンが採れるアヘンケシは茎を包み込むようなキャベツのような薄緑色の大きな葉が取り巻いているので見分けやすい。
オピオイドの定義はケシから採れるアルカロイドやそれらを半合成によって構造改変したもの、または体内のオピオイド受容体に作用するアヘン類縁物質の総称とされる(モルヒネ、ヘロイン、コデイン、テバイン、オキシコドン、フェンタニル、メサドン、メチジン、トラマドール、メトルファン、ブプレノルフィン、エンドルフィンetc...)。
 
 

鎮痛効果のあるオピオイドには「N,N-ジアルキル-3,3-ジアルキル-3-フェニル-1-アミノプロパン」という部分構造が存在するというモルヒネ則なるものがある。例として強オピオイドのオキシコドンを挙げる。

●オピオイドの利用
オピオイドはオピオイド受容体に作用して鎮静や鎮痛効果をもたらす。受容体のサブタイプにはμ受容体、δ受容体、κ受容体の3つがあり特にμ受容体には内因性オピオイド(脳内麻薬)のβ-エンドルフィンや咳止め市販薬のメジコンに含まれるデキストロメトルファン、コデイン、ジヒドロコデインがアゴニストとして作用する(デキストロメトルファンの鏡像異性体であるレボメトルファンは麻薬)。

弱オピオイド(⇔オピオイド受容体の部分作動薬パーシャルアゴニスト)のトラマドールやアセトアミノフェンとの合剤のトラムセットは整形外科の鎮痛剤に使われる他、強オピオイドのオキシコドンやフェンタニル、モルヒネは医療用麻薬として手術の麻酔薬や線維筋痛症患者や癌性疼痛の治療に用いられる。
一説によればフェンタニルはモルヒネの300倍の鎮痛作用があるとされる。筆者の一人である私はとある事故の大怪我を経験しており、救命救急搬送されオペにて二の腕を筋肉までメスで切開する際にキシロカイン(局所麻酔リドカインの塩酸塩で商標)では力不足だろうとフェンタニルを使用されたがまるで無感覚であったことを未だに覚えている。このような医療麻薬は病院内で定期的に厚生局員の視察の元厳重に管理されている。元来「麻薬」という語はアヘンなどの強力な鎮静作用を有する薬用物質を指すものであったが現在ではコカインやMDMAやLSDなどの違法薬物を麻薬として呼んでいる。
モルヒネの鎮痛効果は古くから知られていたため戦時中は軍兵の負傷の苦痛を和らげるために注射針付きのモルヒネ塩酸塩アンプルが携帯され負傷時には自身に打ち込んで対処するなど荒々しい使われ方をしていた時代もあった。もちろん軍医用の麻酔や鎮痛にモルヒネ塩酸塩が使用されていることもあった。この時期は軍の士気を高めるためにヒロポン(=メタンフェタミン)を使うなど現在では考えられないほど薬物によって人間を前線に駆り出していた黒い歴史があるのも事実である。

●ドラッグデザインとデザイナーズドラッグ
巷でよく聞く「デザイナーズドラッグ」これは一体なんなのか。最近ではニュースで指定薬物会議が開催されて違法成分の構造を親としながら一部を微妙に改変することで違法薬物と同じ身体に作用する力を持ちつつも構造が違うので合法、という半ば子供の言い訳じみたことをやっているのが現実である。この「違法薬物の構造を母骨格にして部分的に構造を改変する」これこそがデザイナーズドラッグである。ドラッグ(薬物)をデザインしているからである。指定薬物会議ではこれらの合法デザイナーズドラッグを包括規制する、業者は新たな合法ドラッグをデザインして流通させる。いわば"イタチごっこ"である。元来ドラッグデザインは医薬品の開発で行われるものである。歴史的な話では1990年代の創薬研究ではなかなか薬効が思うように示せず苦労していた。その原因は「吸収」「分布」「代謝」「排泄」の4つの要因を考慮したドラッグデザインが不十分だったことにある。このような反省を踏まえて現在のメディシナルケミストリーは発展途上であるにも関わらず研究分野としてセントラルサイエンスの地位を獲得している。ドラッグデザインの一例として"LipinskiのRule of 5"がある。これはこの経験則に1つでも当てはまれば経口医薬品として向かないというものである。5は5の倍数が多いことに因んでおりルール自体は4つである。Ro5とも略される概念で、
①分子量が500を超える。
②疎水性log(P)が5を超える(オクタノール-水分配係数)
③分子間極性引力の元となるヒドロキシ基やアミノ基の総和が5を超える
④分子内の酸素原子Oと窒素原子Nの総和が10を超える
というものであり、ざっくり言うと薬は低分子かつ適度な親水性と親油性と分子極性でなければ経口摂取で十分な薬物動態が行われないということである。
さて、オピオイドはどうか。ほとんどすべてのオピオイドはこのRo5をすり抜けている。つまりは投与法に経口摂取を用いても良いということである。ドラッグデザインで重要なのは体内で代謝されて目的の薬剤分子に変化する、すなわち代謝を考慮した目的薬剤分子の前駆体"プロドラッグ"という概念である。プロとは「一つ前の」という意味がある(アクチニウムへの放射性崩壊前の親核種がプロトアクチニウムであるように。伝わらんね)。プロドラッグには大きく分けて2種類「担体性プロドラッグ」と「バイオブレカーサー」がある。前者は薬剤分子に疎水性の官能基を導入することで体内での脂溶性をアップさせてよりバイオアベイラビリティを向上させるというものである。後者は代謝されることを考慮して例えば脱炭酸酵素による分解で目的薬剤が誕生するようにカルボキシ基を導入したりするものである。こういう創薬科学の説明の例には違法薬物が分かりやすいのだ。担体性プロドラッグとバイオブレカーサーの2つを併せ持つオピオイドが存在する。それが「ヘロイン」である。ヘロインはモルヒネの2つのヒドロキシ基を無水酢酸でアセチル化してアセチル基という疎水性を導入している。

これによってバイオアベイラビリティ向上が見込めて血液脳関門への透過性が格段に上昇する。そして脳内でエステラーゼ酵素分解によって酢酸とモルヒネに分解される、モルヒネのプロドラッグとなるのだ。こうしてヘロインの分子設計を俯瞰してみるとドラッグデザインとしてなかなか理に適っているところが逆に姑息で卑怯な手口だなと感じる。まあしかしながらヘロインは当初は「モルヒネより依存性の低い鎮痛剤」としてアスピリンでお馴染みバイエル社から発売されていた。アスピリンはサリチル酸を無水酢酸でアセチル化したアセチルサリチル酸である。「アセチル化することで薬物のポテンシャルを向上させる」がバイエル社お得意の手段らしい。まあこのせいで無水酢酸は医薬用外劇物だけでなく特定麻薬向精神薬原料にしていされるハメになるのだが...

余談だがモルヒネ→ヘロインというドラッグデザインと同様のことをしていた合法薬物が存在した。過去形なのは2023年3月に指定薬物会議で違法になったからである。それがTHCOである。大麻(マリファナ)の違法成分THC(テトラヒドロカンナビノール)を含めた大麻由来のテルペノイド成分の総称をカンナビノイドと呼ぶ。市販されてるリラックスドリンクCHILL OUTに含まれるCBD(カンナビジオール)もそれに含まれるがこちらは向精神作用がほとんど無いため規制を受けない。THCOはTHCのヒドロキシ基をアセチル化しただけというHHCやHHCOなどその他THC派生の半合成カンナビノイドのそれと比較して限りなく違法成分に構造が近いのだ。なんならこいつを大量に集めて水酸化ナトリウムとか適当なアルカリで煮れば違法になる。そのレベルのお話である。しかし2023年末現在ではほとんどの半合成カンナビノイドが指定薬物として包括規制されて違法となっている。世のジャンキーたちはさぞかし落胆したことであろう。


●オピオイド最悪の麻薬ヘロインとその派生軍
史上最悪の麻薬と言われているヘロイン。その所以は使用者の感想「全身の細胞の一つ一つがマスターベーションによるオーガズムをしているようなとてつもない快楽」という幸福の"ラッシュ"が訪れて一発で依存させてしまうことにあり、じわじわと毒性を突き刺していきながら、専門家からは「脳を乗っ取る」と評価されるほど精神依存性も身体依存性もその他全ての麻薬の中でトップに躍り出るという凶悪さだ。
さて違法薬物のヘロインは果たして研究室レベルの衛生が整った場所で密造されているだろうか。いやはや自宅にラボを構えて研究室と遜色ない設備で合成してしてしまうこともできるのだが(出来る≠実行する)、大抵はブラックボックスな闇ラボで密造されていることだろう。その中でも特にタチの悪いものが精製溶媒にガソリンや灯油を使うというものだ。研究室であれば一級〜特級グレードのトルエンや酢酸エチル、クロロホルムなどの有機溶媒を使うが闇のラボはそんなことはない。ここで代表的な悪の御三家クロコダイル、ピンクヘロイン、グレーデスを紹介しよう。


・クロコダイル(粗悪デソモルヒネ)
風邪薬に含まれているコデインから密造する方法がネットで拡散されて一般人が容易にオピオイド麻薬を使用することができるようになってしまったもの。デソモルヒネはジヒドロデオキシモルヒネとも呼ばれるモルヒネ類縁体であるが、密造の際にリンやヨウ素おまけに溶媒としてガソリンを使用するなどしているが、リンやヨウ素は一歩間違えれば恐ろしい毒性物質に変化しうる上にガソリンは言わずもがなである。ゆえにこの粗悪なDIYデソモルヒネ=クロコダイルを使用し依存した者は文字通り身体を腐食され皮膚が爛れたり酷い場合には肉が腐り削げ落ちて骨が露わになってしまうなどグロいことこの上ない末路を迎えることとなる。


・ピンクヘロイン(U-47700)

名前からわかるが言わずもがな違法薬物のこれは「U4」「ピンク ヘロイン」「ピンキー」「ピンク」などのファンシーな名前で知られている。1970年代に睡眠薬のハルシオンでお馴染みのアップジョン社によって開発された、モルヒネの7.5倍もの鎮痛効果があるオピオイドである。が、サイトにより強さの表記にばらつきがあるので真相は不明(ヘロインの7倍など)。また、初期のオピオイドAH-7921の構造異性体である。「ユートピオイド」というものに分類されており、1970年代に製薬会社アップジョンによって開発された合成オピオイド鎮痛薬の一種だが、医療用途として販売されることはなかった。U-47700はµ-オピオイド受容体のアゴニストであり、ラットでの実験ではモルヒネの約10倍もの効力を持っているが、U-47700の3つのオピオイド受容体への結合はモルヒネの2~4倍弱い。U-47700はデザイナードラッグとして1g2000円という破格の値段で買えてしまうように販売されている。しかし、ベルギー、ドイツ、アイルランドでそれぞれ1名の死亡者が発生したほか、アメリカにてこれを摂取した少年が死亡する事件が起きたため地元当局が注意喚起をしている。2016年1月26日にスウェーデンで違法となっており、2016年9月時点では、少なくとも15人の死亡が確認されている。また、販売元が中国であることが多く、何が入っているかわからないという点でも非常に危険なドラッグである。また、規制が行き届いていないという点でもとても危険といえるだろう。白やピンクの粉末のほか、錠剤などのタイプがある。


・Gray Death(灰色の死)

触れただけで死ぬ、とも言われているとてつもなく強い合成オピオイド。
ヘロイン、フェンタニル、カルフェンタニルや先ほど触れたU-47700(ピンク)など、様々な強力なオピオイドが合成されている中、カルフェンタニルは象の鎮静に使われることから、人間が使用すると大変危険であることがわかるだろう。また、販売者ごとに中身が違う可能性がある、という危険もある。最初に発見されたのは、2017年にアメリカで警察の押収で発見された。モルヒネの1万倍の効力を持っているといわれ、触れただけで皮膚から吸収され死亡する恐れがある。外見は一見コンクリートの塊のような灰色のブロックであり、子供や罪のない人がこれに触れることを防ぐため、保安官は人々にこれの存在を知ってほしいと思って警鐘を鳴らしている。もし発見した場合は触れずに警察に通報してほしい、とも述べている。
過剰摂取した場合には、オピオイド拮抗薬であるナロキソンを通常量の最大10倍用意しなければならない、などの情報もある。


さて今回は医薬品の中でも大きなグループを作る「オピオイド」の総まとめとそこから派生した凶悪な違法薬物についての総括記事というコンセプトのもと美術部で薬擬をメインに活動している可惜夜レイア(あたらよれいあ)と主に化学部に生息している現役薬学生えざおが今回コラボ記事として執筆した。如何であっただろうか。少々難解な部分もあると思うがオピオイドに焦点を当ててアングラなところまで掘り進めた総集編はなかなか無いのではないだろうか。今後とも美術部、化学部、新聞部、そして自然科学部、物理システム部なのど多様な理系分野を設置して多数のメンバーが記事を執筆し投稿する総合サイエンスエンターテイメント【みくあす令和ラボ®】を宜しくお願い致します。


〜〜〜〜〜
執筆:滅三川逢魔(えざお)、二兎絽(可惜夜レイア)
イラスト:二兎絽(可惜夜レイア)
資料写真:滅三川逢魔(えざお)
監修:滅三川逢魔(えざお)
参考文献: 新有機医薬品合成化学、パートナー生薬学、医薬品の開発、アルカロイドの科学

 

≪≪ 戻る