【実録】化学実験で爆発事故起こして緊急手術した話

みなさんこんにちは。
今回は先日起こった人生最大の化学事故について思い出せる限りお話したいと思います。

●事の発端
とある合成実験の原料に使うため臭素を合成していました。臭素の合成自体は過去に何度かやったことあるのでお手の者で実際に今回も成功しました。ところが、使用した原料に対してあまり収率がよくないことが気に食わなかった僕は廃液処理の意味も込めて反応に使った臭化カリウムとペルオキソ二硫酸アンモニウムが混合された液体とトリクロロイソシアヌル酸を反応させる事でさらに臭素を取り出そうとしました。一応少量スケールで実験して反応がそれなりに激しく進行しつつも臭素が発生することは確認済みだったので滴下漏斗からゆっくり加えることにしたのです(これがマズかった)。実験装置は単蒸留装置で内圧は大気圧で密閉状態ではありませんでした。

●事故
少しずつ加えては臭素を発生させていたところ、ある量を加えたところでいきなりドカーン!と耳をつんざく爆音がしました。耳がキーンとなり周囲の音が聞こえません。そして目の前のドラフトチャンバー内で無惨に粉砕された実験器具を見て全てを察しました。粉砕した蒸留塔、ヒビの入った滴下漏斗、爆発の衝撃で割れた周辺にあったフラスコとオイルバス。何もかも悲惨です。


服が濡れていると思ったら真っ赤。部屋の床は一面血の海です。
 

どこから出血しているのか分からないほどに腕は血塗れでした。


爆音を聞きつけた隣の部屋いた母親が無惨になった部屋を見て即刻救急車に通報。
「息子が爆発事故を起こして血まみれで…」
いやまてまてまて、\"爆発事故\"なんて言ったら消防車も警察も来ちゃうじゃねーか。と思いつつ数分後サイレンの音が聞こえたので自ら外に出てストレッチャーに乗り込みました。救急車内で詳しく話を聞かれる僕。「臭素を作ってて…」「あれとこれが反応して暴走して…」これ言っても伝わんのかと思いつつ思い出せる限りの現状を伝えました。ボタボタと血を垂らしながら搬送されました。発生した何らかのガスを吸入したらしく呼吸が苦しくなったため酸素マスクをつけることに。ドラマでしか見た事なーいとややテンションが上がってました。人って重傷を負うとテンションがおかしくなるんですね。アドレナリンかな。

●事故の原因と考察及び再発防止策
今回の事の発端を簡単にまとめると、ペルオキソ二硫酸アンモニウムと臭化カリウムから臭素を作ろうとしたが、あまり収率が良くなかったため、トリクロロイソシアヌル酸を加えてみた、という具合です。
以下事故の原因を考察します。
① 小スケールで激しめに反応したことを確認したのにスケールアップを図ってしまった。
滴下漏斗から徐々に滴下して反応させれば大丈夫だろうという慢心がありました。事実緩やかに数十mL滴下しただけで爆発しました。
② 水溶液の温度が高かった。体感50度ほどの溶液をそのまま実験に使ってしまったために反応が暴走し、非密閉系の単蒸留装置でも圧力解放が間に合わなかった。
③ 薬品の物性及び化学反応に対する知識不足。今回の爆発の原因となった化学反応は正直未だにわかっていません。ただし、酸化剤のペルオキソ二硫酸アンモニウムやトリクロロシアヌル酸など反応性の高い物質をワンポットのフラスコに共存させる事は危険極まりないことがわかりました。
④ 中華製の安いガラス器具を使用したこと。僕のラボでは海外から輸入した安価な摺り合わせガラス器具を用いています。今までは何の問題もなく使用できていましたが今回の化学反応による内圧上昇には耐えられなかったようです。ガラスは内圧からの影響には弱く簡単に割れてしまいます。
⑤ 深夜に実験を行なっていたため判断力が鈍っていた。今回これが一番大きな原因でしょう。小スケールで激しく反応して気体が発生したことを確認したのにも関わらずスケールを大きくしようとした、より多くの目的物を得ることに囚われていた、この甘ったれた考えが事の元凶でしょう。
そして以下僕が考えられる再発防止策です。
① 小スケールでの反応確認で反応が激しいまたは気体の発生量が多い場合はスケールアップを絶対にしない。または小スケールで小分けに反応をかけていく。
② 使用する薬品の反応性が高めの場合は反応液を予め冷却するなどして徐々に反応を開始させる。最初から温度が高ければ反応が暴走するのは当たり前。できればボウル一杯の氷水を用意する。
③ 自分が行おうとしている化学反応で生成するモノは何か、薬品の物性はどうなのか、SDSできっちり確認する。また、反応が未知である場合はやはり試験管スケールの小さな規模で実験を行ってみて今後の実験内容を検討する。
④ ガラスは内圧に弱いことを再認識する。非密閉系であったにしろ、アダプタの圧力解放部が小さかったため発生した気体量に間に合わなかったことを踏まえて今後このような実験は行わない。
⑤ そもそも深夜に一人で実験をする事自体が自殺レベルの危険行為。判断力が鈍って頭がロクに回っていない状態で実験をすることは非常に危険。以後深夜や時間帯や体調に不安のある場合は潔く実験をすることを諦めてスケジュールを立て直す。
①~⑤どれも冷静になって考えれば実験従事者として当たり前中の当たり前のことでした。普段から安全第一にと意識していたのにも関わらずこのような安全管理に隙を作り、危険行為に及んでしまったことはいくら反省しても反省しきれません。そして何より実験は成功するだろう、無事故で終わるだろう、いつも通りになるだろう、という正常性バイアスが化学実験を行う者とって最も凶悪な存在であることを再認識しました。

●病院にて
最寄りの病院に到着後、まず服を脱がされます。ただし全身に傷があるので無理に脱がせられません。そこで服を切開することに。
「ああああ!お気に入りのTシャツが!」
「ああああ!部屋着に使ってた体操着が!」
「ちょっと待ってパンツまで切るの!?」
内心そう思いながら医者に身を任せることに。まずは全身に付着した血液を温水で洗い流します。正直気持ち良い。そして全裸のままストレッチャーに乗せられCTスキャンされたり手術室へ。手術内容はレントゲンで傷口に刺さり込んだガラス片の位置を確認しながら傷口を開いて摘出、縫合するというもの。
傷口は全部で8箇所以上、主に腕や胸など。Tシャツ着てたのに胸が裂けてるの?って思いましたがあの爆発の威力、悠々とTシャツを貫通してきたっぽいです。んで手術時間は大体5時間でした。傷口を生理食塩水で洗浄し、駆血しながらガラス片を摘出。どんな作業してるのか気になったので覗こうとしたら「見たら余計痛くなるよ!」と女医さんに止められました。そりゃそうだ。でもなんか赤い穴が見えた。グロい。さて、麻酔には局所麻酔のキシロカインを使いました。ガラス片が筋肉まで突き刺さってたらしく、その部分はメスで切開するしかないのでより強いフェンタニルという局所麻酔を使いました。フェンタニルはオピオイド系の医療用麻薬で鎮痛作用はモルヒネの300倍。さすがフェンタニル。無痛の手術が行なえました。傷口が浅いところはそのまま縫合、深いところは傷の内部で血液が固まらないようにドレーンと呼ばれる柔らかいチューブを傷口に差し込んで縫合します。すると定期的に血液がチューブを通って排出されるらしいです。
いや本当朝からこんな大作業申し訳ないなと思いました。「朝は視力弱いんだから勘弁してよ?」なんて言われました。
  

●術後
もちろん入院コース。ベッドに運ばれます。途中咳が出て呼吸が苦しくなってきたので謎の薬剤を吸入する装置を咥え、鼻に酸素チューブをぶち込まれました。いつの間にか点滴が腕にぶっ刺さっており栄養剤だか生理食塩水だか抗生剤だかを投与されました。
さて、術後の入院生活の何が辛いかというととにかく暇であるということ。院内はスマホの使用が禁止されているらしくスマホは親に回収されてしまいました。ましてやベッド周辺には暇を潰せるものがありません。やることと言ったら天井を見つめるか自分の心電図眺めるか寝るかくらいです。これで1日乗り越えるのは流石にキツい。今すぐにでも友人に連絡取りたいのに。
定期的に看護師さんか研修医の人が来て傷が膿んでないか確認しに来たりしました。
夕食を食べる気にもなれずその日はそのまま寝ました。睡眠薬、抗うつ剤、痛み止めは病院側から処方してもらいました。

●翌日(退院日)
入院は1日だけで翌日には退院できます。早朝6:00頃、熱を測ったり心音を聴いたりなどの検査を受けたのち、7:00頃朝食が提供されます。ここの病院、病院食がやたら美味いんですよね。さて、10:00頃に救命科の担当医が来ました。傷口を生理食塩水で洗浄して抗生物質軟膏を塗った傷パットを貼ります。傷が深くドレーンを挿入した部分はドレーンを抜き去り厚手のガーゼを貼りつけて包帯で保護します。しばらくして親が迎えに来てようやく退院といった感じです。
  

●余談
今回搬送された病院は大学病院らしく、親が傷口の写真を資料として残していいかという同意書にサインしたらしいです。やたら傷の写真撮られるなぁと思ってましたがまさか医師会で「19歳青年がガラスの破片を浴びた裂傷」などと紹介されるんでしょうか。恥ずかしいですね。あと記念に傷口から摘出したガラス片をもらいました。どうすればいいんでしょうこれ。


●終わりに
化学実験には危険はつきものです。薬品による火傷しかり今回のような爆発しかり。自宅で実験してる立場上、安全管理は徹底しなければなりませんが今回このような結果になってしまったのは自業自得であり非常に悔しいです。しかしながら、家族及び近隣住民に被害が出なかったこと、自分だけの怪我で済んだことだけが不幸中の幸いです。二度とこんな経験はしたくありませんが貴重な経験でした。化学は一歩間違えると死にうる危険な学問であることを再認識しました。

えざお

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