【第54回おうちラボで実験してみた】青酸カリが反応の決め手!意識喪失から患者を救う古の抗てんかん薬を合成してみた。

〈実験〉有機合成化学・医薬品合成化学

みなさんこんにちは。
今回は何を合成しようか、と悩み過去の記事を遡ってみたところチオペンタールにスキサメトニウム、リドカインと神経にアタックする系のものが多いなと感じたので今回はそれを避けようと思いましたが避けきれなかったのでいつも通り中枢神経治療薬を合成していきたいと思います。医薬品合成はロマンですからね。実験のモチベーションが段違いです。あと毒劇物もね。そして今回は遥々東京へ遠征に来た当ラボのメンバーであり薬学部のNarkもウチに遊びにきたのでついでに実験に参戦しますよ?
今回合成するのは「抗てんかん薬」のフェニトインです。かなり古典的な薬ながらも現役を貫いている立派なお薬です。


●てんかんについて
「てんかん」とは聞き馴染みのあるようでないような病気だと思われます。てんかんは「中枢神経が反復的に異常興奮する慢性的な疾患の総称」と定義づけられます。中枢神経は神経細胞からなりますから神経細胞の異常な興奮とはなんらかの原因で神経細胞内にカチオンが流入し正に電荷が傾くいわゆる脱分極を起こしている状態です。どの部位で異常興奮を起こしてるかによって症状は様々で意識喪失や痙攣から精神異常などが挙げられます。

●抗てんかん薬フェニトインについて
基本的に神経細胞の興奮を抑制することでてんかん発作を抑える薬が多いです。つまりは神経細胞が脱分極しないようにするために陽イオンチャネルつまりはナトリウムイオンチャネルやカルシウムイオンチャネルを阻害します。ナトリウムイオンチャネルが阻害されれば神経は抑制されますし電位依存性カルシウムイオンチャネルが阻害されれば筋肉運動が抑制されるので痙攣などが鎮まります。また神経膜の安定化も行なっています。フェニトインはヒダントイン系の代表的な抗てんかん薬でかなり古典的で古くさい薬であるのにも関わらず新薬と並んでてんかんへのファーストチョイスとして選ばれるくらい優れた効果を有する薬と言えます。

●実験について
フェニトインは2当量のベンズアルデヒドからシアン化物イオンを触媒にベンゾイン縮合させるところから始まります。ここでタイトル回収。青酸カリが反応の決め手です。反応機構は以下です。


ベンズアルデヒドのカルボニル炭素にシアン化物イオンが求核付加し、プロトンシフトで求核剤になった炭素がもう1分子のベンズアルデヒドに求核攻撃しシアノヒドリンが生成します。あとはカルボニル再生に伴ってニトリル基が脱離してベンゾインが得られます。
続いてベンジル酸転位の話をしておきます。ベンゾインを硝酸で酸化するとベンジルが得られます。このベンジルをアルカリ条件下で加熱すると水酸化物イオンが求核付加し、カルボニル再生に伴い1,2-フェニルシフトが起こって隣のカルボニル基に電子が立ち上がります。最後にプロトンが付加してジフェニルヒドロキシカルボン酸が得られます。この転位が反応の途中で起こります。反応機構は以下です。


ベンジルと尿素を水酸化カリウム存在下で加熱すると脱水縮合してフェニトインが得られます。反応機構は以下です。


尿素のカルバミドアミノ基がベンジルに求核付加してジオールを形成したのちNが脱プロトン化を受けてイミンが生成、カルボニルの再生とともにOH基が脱離、もう片方のOH基が脱プロトンされカルボニルの再生とともにベンジル酸転位を起こして1,2-フェニルシフトが起こります。最後にNがプロトン化してフェニトインが得られます。

●実験

※注意
濃硝酸、濃塩酸、水酸化カリウムは皮膚粘膜刺激性・腐食性を有します。シアン化カリウムは猛毒性を有します。いずれの試薬も薬傷、失明の危険性があり、重篤な事故につながる恐れがあります。安易な真似は控えてください。実験者は白衣、保護眼鏡、手袋を着用し、必要に応じて局所排気設備を使用しています。

◆材料◆
・ベンズアルデヒド
・水酸化カリウム
・シアン化カリウム
・濃硝酸
・尿素
・濃塩酸
・エタノール

◆器具・装置◆
・500mLナスフラスコ
・1000mL丸底フラスコ
・吸引ろ過
・ウォーターバス
・オイルバス
・ホットマグネチックスターラー
・アスピレーター
・ロータリーエバポレーター

●実験
① 水酸化ナトリウム9.0gとエタノール200mLとベンズアルデヒド106gを500mLナスフラスコ内で撹拌混合する。
 

② シアン化カリウム6.5g加えて装置内を窒素バルーンで不活性ガス置換し、70℃で2時間加温する。
  

③ 反応液をビーカーに移して一晩放置する。


④ 析出した結晶を吸引濾過で回収して熱エタノールで再結晶する。精製ベンゾインが得られた。
  

⑤ 濃硝酸210mlにベンゾイン62.26gを加えて70℃で60分間加熱撹拌する。
  

⑥ 反応液に精製水500mlを加えてさらに撹拌する。


⑦ 固形物を吸引ろ過で回収する。粗製ベンジルが得られた。


⑧ 粗製ベンジルを熱エタノールで再結晶する。
 

⑨ 水酸化カリウム96gを水180mlに溶かす。ベンジル60gと尿素30gとエタノール150mlをフラスコに入れて撹拌する。水酸化カリウム水溶液を加えてさらに撹拌し、オイルバスで2時間加熱還流する。
 

⑩ ろ液に濃塩酸を加えていきpH1~2に調整する。
 

⑪ 析出した結晶を吸引ろ過で回収する。


⑫ 結晶を少量の熱アルコールで洗浄し室温放冷のちに冷蔵庫で一晩寝かせる。


⑬ 吸引ろ過で結晶を回収する。フェニトインが得られた。


めでたくフェニトインが得られました。ベンゾイン縮合の触媒は反応機構がわかりやすいのと扱いやすいためシアン化カリウムを使いましたが学生実験では安全性を考慮してチアミンなどの有機触媒を使うみたいです。青酸カリに濃硝酸に水酸化カリウムと劇物のオンパレードで煮て出来たのは万人を救う治療薬だとはこれもまた医薬品化学の不思議ですね。それではまたの記事までさよなラジカル。Nark、お疲れ様!

えざお/Nark

【参考文献】
グラフィカル機能形態学
こころの治療薬ハンドブック

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