【第53回おうちラボで実験してみた】局所麻酔の代表格!無痛の王様リドカインを合成してみた。

〈実験〉有機化学・有機合成化学・医薬品化学

みなさんこんにちは。
以前のベンゾカイン合成の際(第26回)に発言した「1,3-ジメチル-2-ニトロベンゼンとクロロアセチルクロリドが手に入れづらく、原料合成しようにもかなりの危険を伴うのであまりやりたくないというのが本音です。なので今回は大人しくマイルドに合成できそうなベンゾカインを採用します。リドカインもいつかはやってみたいと思います。」という文章。なんと丁度2倍の実験記事数にして必要な試薬を手に入れることができたので念願のリドカイン合成を行いたいと思います。まずは麻酔薬の復習です。

●麻酔薬について
麻酔薬の構造では基本的に芳香環とアミノ基を持っています。芳香環は脂溶性で細胞膜リン脂質を透過するのに一役買っており、逆にアミノ基は水溶性としての性質を持っています。麻酔薬が体内に取り込まれるとアミノ基がプロトン化したイオン型分子とそうでない非イオン型分子が平衡状態で共存します。イオンにならなかった非イオン型分子は細胞膜を透過し細胞内に入り込みます。そして細胞内でプロトン化を受けイオン型分子に変化し、細胞膜のNaチャネルと結合して塞ぎます。そもそも痛みとはNaチャネルが開いてナトリウムイオンが細胞内に流入し脱分極を起こすことで活動電位が生じ、神経が興奮状態になることを指します。つまり、麻酔薬は細胞膜からヌルッと侵入して内側からナトリウムイオンの入り口を塞ぎ、痛みが引き起こされる一連の流れを阻害してしまうのです。?麻酔薬は芳香環とアミノ基以外の部分構造によってエステル型とアミド型に分類することができます。エステル型は最終的に血漿コリンエステラーゼによって分解され、アミド型は肝臓で代謝されます。ゆえにエステル型の方が寿命が短めです。


●合成について
キシロカインはアストラゼネカのリドカイン塩酸塩の商品名なので正しくリドカインと呼びますが、構造は以下の通り。


以前のベンゾカインとは異なり今回はアミド型です。アミド合成には酸塩化物を使うのが王道なので今回もそれに則ります。アミド形成に必要なアミンは2,6-ジメチルアニリンです。続いて末端のエチル基導入三級アミン。こちらはジエチルアミンを求核剤としたSN2反応で合成できそうですね。なので末端アミンのビルディングブロックはジエチルアミン。中央は酸塩化物でありながら炭素数が2でクロロ基を持っている二官能基性ビルディングブロックが必要です。自ずと導かれた試薬はクロロアセチルクロリドです。反応機構は以下の通り。


2,6-ジメチルアニリンの窒素がクロロアセチルクロリドのカルボニル炭素に求核付加して電子が酸素に立ち上がり、プロトン移動を経てカルボニル再生とともに塩化物イオン(塩化水素)が脱離します。これでアミドが形成され、α-クロロ-2,6-ジメチルアセトアニリドが生成します。α-クロロ-2,6-ジメチルアセトアニリドのクロロ基は脱離基になるのでジエチルアミンの窒素が求核剤となり塩化水素を発生させるSN2反応を経てリドカインの完成です。副生する物質が塩化水素なのでプロトン化されない酸性の物質として酢酸が溶媒に適していることでしょう。また、最後の求核置換反応でも塩化水素が発生しこれがジエチルアミンと反応してジエチルアミン塩酸塩になることも踏まえてα-クロロ-2,6-ジメチルアセトアニリド1当量に対してジエチルアミンを2当量反応させることにします。溶媒はSN2反応を行うので非プロトン性溶媒のトルエンやアセトニトリルが適していることでしょう。

●実験
※注意
クロロアセチルクロリドは皮膚粘膜刺激性・腐食性を有します。2,6-ジメチルアニリンは皮膚透過性を有します。ジエチルアミンは粘膜刺激性を有します。いずれの試薬も薬傷、失明の危険性があり、重篤な事故につながる恐れがあります。安易な真似は控えてください。実験者は白衣、保護眼鏡、手袋を着用し、必要に応じて局所排気設備を使用しています。

◆材料◆
・2,6-ジメチルアニリン
・クロロアセチルクロリド
・ジエチルアミン
・氷酢酸
・トルエン
・酢酸エチル
・ヘキサン

◆器具・装置◆
・ナスフラスコ
・ビーカー、フラスコ
・メスシリンダー
・滴下漏斗
・分液漏斗
・氷浴
・ウォーターバス
・オイルバス
・吸引ろ過器
・ダイヤフラムポンプ
・ロータリーエバポレーター

① 300mLナスフラスコに酢酸150mLと2,6-ジメチルアニリン37mLを加えて氷浴で冷却する。


② クロロアセチルクロリド24mLを冷却撹拌しながら滴下していく。


③ 全量加え終えたら60℃のウォーターバスで60分間加熱撹拌する。
  

④ 酢酸アンモニウム150g/300mL水溶液に投入する。
 

⑤ 析出した白色固体を吸引濾過で回収する。その後よく乾燥させる。α-クロロ-2,6-ジメチルアセトアニリドが得られた。


⑥ α-クロロ-2,6-ジメチルアセトアニリドとトルエン250mLを500mLナスフラスコに入れて氷浴で冷却する。


⑦ 撹拌しながらジエチルアミン63mLを滴下して加える。


⑧ 120℃のオイルバスで60分間加熱還流する。


⑨ 反応液を室温まで放冷したら分液漏斗に移して水50mL×3で洗浄する。


⑩ 次に1.2M希塩酸50mL×3で目的物を塩酸塩にして水層へ移す。逐一有機層をキャピラリーに採りF254シリカゲルTLCで存在を確認する。


⑪ 水層に10%水酸化ナトリウム水溶液を加えて液性を塩基性に傾ける。
 

⑫ 白色のコロイドが析出するので酢酸エチルで分液抽出しロータリーエバポレーターで濃縮する。


⑬ 濃縮物を熱ヘキサン(50℃)で再結晶して回収する。リドカインが得られた。


めでたくリドカインの合成に成功しました。この実験は弊学薬学部の2年の薬科学実習でやるものですが待てないので先に試薬を取り寄せてやっちゃいました。それにしても鮮やかに反応が進み目的物が得られる大スケールの有機合成は気持ちいいものがありますね。リスクに気をつけつつ今後の実験にも気を遣っていきたいと思います。それではさよなラジカル。

えざお
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