【第51回おうちラボで実験してみた】三大うま味成分のコハク酸から筋弛緩剤を合成してみた。

〈実験〉有機化学・有機合成化学・医薬品化学

【おことわり】?この記事は合成化学を掲示する学術的なものであり、薬物乱用や傷害事件を助長するものではありません。また生成物は向精神薬・指定薬物でなく、人体に使用する、譲渡・売買目的でないため実験は試験研究目的として薬事法の責任は負いかねます。東京都福祉保健局健康安全部薬務課監視計画担当の確認を得ています。

みなさんこんにちは。
前回が最強昏睡鎮静剤チオペンタールの合成ときて今回は筋弛緩剤のスキサメトニウムを合成したいと思います。誰をの薬殺刑で処すんだって並びですがたまたま連続で医薬品合成実験が被ってしまっただけです。おうち実験シリーズ50回の節目こそはめちゃくちゃアングラな化合物の合成記事にしようと決めていてチオペンタールかスキサメトニウムか競合して今回の並びになったわけです。まえがきもこの辺にして早速座学&実験に行きましょう。

●スキサメトニウムについて
スキサメトニウムは一度は聞いたことある薬剤ではないでしょうか。筋弛緩剤で構造はかなり単純です。


直鎖の炭素鎖からなるエステルかつ両端に4つメチル基が導入されている四級アンモニウムです。矢毒のツボクラリン(クラーレ)をヒントにして作られた筋弛緩剤です。商品名は「サクシン」「サクシニルコリン」です。
スキサメトニウムはアセチルコリンと構造がエステルかつ四級メチルアンモニウムという点でよく似ています。


構造が似ているということはその似ている物質と同様に身体にはたらきかけるということです。アセチルコリンは筋肉の収縮運動を司る神経伝達物質で、神経末端の2種類のアセチルコリン受容体のうちニコチン受容体に結合します(もう1種類はムスカリン受容体)。アセチルコリンがニコチン受容体に作用することでNa⁺イオンチャネルが開き細胞内にNa⁺イオンが流れ込んで電荷が正に傾くことで活動電位が生じて神経が興奮し筋肉の運動が行われます。ただしアセチルコリンはコリンエステラーゼという酵素で速やかに分解されてニコチン受容体が閉じて再分極することで筋肉運動の収縮弛緩が調節されますが、スキサメトニウムは非常に分解されにくいのでNa⁺イオンチャネルが開きっぱなしになりフィードバックが起こることで次の活動電位を生じさせることが出来なくなります。活動電位が起こらないということは神経伝達が行われずに筋肉が緩むので筋弛緩剤となるわけです。

●合成について
とりあえずビルディングブロックがコハク酸とエタノールアミンで、それらのエステルであることが逆合成するまでもなく構造式から解りますので原料はコハク酸とエタノールアミンになります。コハク酸のカルボキシ基とエタノールアミンの水酸基がエステルを作れば良いのですが通常のFischerエステル化では厳しいでしょう。アミノ基の誘起効果で水酸基の求核性が落ちているためです。ではカルボン酸を反応させやすいように活性化してあげれば反応性が落ちた水酸基とのエステル結合生成をカバーしてくれます。活性化するには酸塩化物にしてやればよいのでコハク酸を塩化チオニルで処理してコハク酸二塩化物を得ます。


ただこれだけだとエタノールアミンの水酸基とアミノ基どちらも反応してそれぞれエステルとアミドを与えるので水酸基選択的な反応に持っていくにはアミノ基を目的物に近づけるように弄って三級にしなければなりません。では目的物のスキサメトニウムが四級テトラメチルアミンだからヨウ化メチルか硫酸ジメチルを反応させれば良いかというとこちらも水酸基が反応してメチルエーテルを生成します。つまり水酸基とアミノ基の反応性がほぼ同じなので選択的反応が行えず競合してしまうということです。そんなときに使える人名反応がエシュバイラー・クラーク反応。こちらはアミノ基にホルムアルデヒドと過剰のギ酸を加えることでメチル化するものです。反応機構は以下。


アミンがホルムアルデヒドに求核攻撃して脱水を経てイミニウムカチオンになるのでギ酸が脱炭酸を伴うヒドリドの供与で還元してメチル基が挿入されます。先に三級アミンにしてしまえば反応点は酸塩化物と水酸基によるエステル結合になります。スキサメトニウムはテトラメチルアンモニウムの四級アミンなので最後に硫酸ジメチルを反応させてやれば反応は完了です。


●殺人高校生でも作れた禁断のレシピ
最近、男子高校生が40代女性を襲撃し殺害した事件がありました。その事件に使われたのが自作のスキサメトニウムとのこと。自宅実験勢としては見逃せない事柄です。どのようにしてスキサメトニウムを作ったのか。司法解剖で検出されたのか否か知りませんが彼の作ったスキサメトニウムはかなり実験生成物としてはお粗末なものだったことでしょう。ビルディングブロックのN,N-ジメチルエタノールアミンはDMAE(Di Methyl Amino Ethanol)という名で塩の形でサプリメントとして売られています。こいつを大量に集めて水酸化ナトリウムでもあるいは重曹から誘導した炭酸ナトリウムでもぶち込めば弱塩基遊離で抽出できます。あとはコハク酸とエステルを作って四級アンモニウム塩にするだけですが必要な薬品は濃硫酸とヨードメタン(or硫酸ジメチル)。メチル化剤のハードルが高いですがこちらはメタノールに赤リンとヨウ素を作用させることでin situでトリヨードホスフィンが発生しアルコールをヨージドアルキルに変換できます。赤リンはヤフオクなどで市販されてますしヨウ素は劇物ですがヨウ化カリウムから取り出せます。なのでかなり遠回りなDIY化学実験をして作り得たのではないかと。エステル化の酸触媒は食品添加物のリン酸で代用できるそうです。一番の近道は学校の科学部に所属して薬品を盗むことですが…
事実個人輸入できる劇物や薬品はいくらでもあるので正攻法で作った可能性は高いです。

●実験
※注意
エタノールアミン、ギ酸、ホルマリン、塩化チオニル、水酸化ナトリウム、濃塩酸は皮膚粘膜刺激性・腐食性を有します。クロロホルム、硫酸ジメチルは強い発がん性と毒性を有します。いずれの試薬も薬傷、失明の危険性があり、重篤な事故につながる恐れがあります。安易な真似は控えてください。実験者は白衣、保護眼鏡、手袋を着用し、必要に応じて局所排気設備を使用しています。

◆材料◆
・エタノールアミン
・ホルマリン37%
・ギ酸88%
・コハク酸
・塩化チオニル
・硫酸ジメチル
・N,N-ジメチルホルムアミド
・クロロホルム
・トルエン
・水酸化ナトリウム
・濃塩酸

◆器具・装置◆
・1000mL二口フラスコ
・各種ナスフラスコ
・滴下漏斗
・分液漏斗
・ジムロート冷却器
・ショートパス蒸留器具
・塩化カルシウム管
・ダイヤフラムポンプ
・オイルバス
・ウォーターバス
・ロータリーエバポレーター

① 1000mL二口フラスコにアミノエタノール100mLにホルマリン(37%)250mLを少しずつ加える。実験装置を組み立てる。


② 氷浴で冷却しながら滴下漏斗からギ酸(88%)を滴下する。
 

③ 滴下を終えたら混合物を撹拌しながら98℃で5時間オイルバスで加熱する。


④ 黒くなった反応液に氷冷しながら濃い水酸化ナトリウム水溶液(60g/150mL)を加えて液性を塩基性に傾ける。食塩を液量100mLに対し35g溶け残りができるまで加えて塩析を試みる。


⑤ 反応溶液をクロロホルム50mL×3で抽出する。


⑥ クロロホルム層をロータリーエバポレーターで濃縮する。


⑦ ショートパスを用いて減圧蒸留して130~135度の留分を回収する。N,N-ジメチルアミノエタノールが得られた(28.15g)。
 

⑧ 300mLナスフラスコにコハク酸19gとトルエン100mLとN,N-ジメチルホルムアミド触媒量と塩化チオニル25mLを入れて30分間室温で撹拌する。


⑨ 反応液を50℃に昇温して1時間加熱撹拌する。
 

⑩ 反応溶液を体積にして半分(未反応の塩化チオニルや二酸化硫黄、塩化水素)減圧留去する。


⑪ コハク酸ジクロリドにアセトン100mLを加え、N,N-ジメチルアミノエタノールを室温で滴下する。
  

⑫ 粘稠な物体が生成したらトリエチルアミン50mLを加える。溶液はトリエチルアミン塩酸塩で濁る。


⑬ トリエチルアミン塩酸塩を吸引ろ過で取り除き、ろ液に室温で硫酸ジメチル30mLを滴下する。
 

⑭ ロータリーエバポレーターで濃縮後ヘキサンを適量加え、激しく撹拌しながらヘキサンに懸濁した水素化ナトリウムをガスの発生が治るまでゆっくり加えてスキサメトニウムヒドリド塩を得る。


⑮ 濃塩酸を固体が溶解するまで加えて撹拌後、トルエンや酢酸エチルでエバポレーターにかけて共沸で水分を取り除く。適量のエタノールを加えて冷凍庫で冷却する。生成した白色固体を吸引濾過で回収する。スキサメトニウムが得られた。
 

めでたくスキサメトニウムの合成に成功しました。人体に使用する目的ではないので筋弛緩作用があるのか舌で舐めるのさえ嫌なので確かめられませんがTLC分析で単一の物質であることや、水、メタノールに溶けやすくエタノールに溶けにくいという物性も一致しているのでも合成できたと言って構わないでしょう。前回に引き続き鎮静昏睡全身麻酔の次は筋弛緩剤を合成してしまいました。これ本当に高校生が自作できたのか…?あの事件は詳細が不明なのでより一層気味が悪いですし化学物質をそのように使われてしまったのは悲しいことですね。それでは次回の実験までさよなラジカル

えざお
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