【第50回おうちラボで実験してみた】死の医師ケヴォーキアン御用達!薬殺刑で暗躍する最恐の催眠鎮静剤チオペンタールを合成してみた。

〈実験〉有機化学・有機合成化学・医薬品化学

【おことわり】
この記事は合成化学を掲示する学術的なものであり、薬物乱用や傷害事件を助長するものではありません。また生成物は向精神薬・指定薬物でなく、人体に使用する、譲渡・売買目的でないため実験は試験研究目的として医事法の責任は負いかねます。東京都福祉保健局健康安全部薬務課監視計画担当の確認を得ています。

みなさんこんにちは。
とうとうこの実験ブログも記念すべき50回目を迎えました。僕の実験へののめり込みとみなさんの応援あってのことだと思います。いつも記事を読んで面白いと思って陰ながら応援してくださったみなさんに感謝申し上げます。誠にありがとうございます。
さて、その記念すべき50回の実験はチオペンタールの合成です。タイトルからにも分かる通り以前まで米国で使われていたバルビツール酸系の作用の非常に強い催眠鎮静剤です。

●チオペンタールについて
チオペンタールは以前までアメリカでの死刑(薬殺刑)に使用されていました。全身麻酔であるチオペンタールを投与して昏睡させ、続いてパンクロニウムという筋弛緩剤を投与し、そして緩やかに点滴から塩化カリウム水溶液が静脈の中へ流れ込んでいき心臓が止まります。日本では死刑は絞首刑で行うことと定められていますが、アメリカでは州によりますが薬殺刑が人道的であると主流となっています。
さて、皆さんは医者のDr.ケヴォーキアンをご存知でしょうか。彼は安楽死や自殺に対してひどく肯定的で、死の医師ドクター・デスという異名までつくほどです。ケヴォーキアンは自殺幇助で一旦逮捕されましたが釈放後にも安楽死を積極的に啓蒙しました。ケヴォーキアンの自殺や安楽死に対する想いは相当なもので自動安楽死自殺装置タナトロンを作ったほどです。仕組みは前述の仕組みと同じ塩化カリウムによる強心作用で死に至るのですが、安楽死を求めていたのでチオペンタールを用いて自殺志願者の意識を奪いました。ちなみにタナトロンという名前はギリシャ神話における死の神タナトスが由来です。

●バルビツール酸系について
バルビツール酸系とはマロン酸と尿素が環化縮合してアミドになった六員環バルビツール酸を基本骨格に有する医薬品のことです。かつて睡眠薬として用いられた抱水クロラールは味が最悪なため、無味でより効果の高いバルビツール酸系に置き換えられていきました。


マロン酸などカルボニル基に挟まれた活性メチレン基の水素は酸性度が高く塩基で容易に引き抜くことができエノラート種が生成します。それにSN2反応で様々な臭化アルキルを加えることで様々なバルビツール酸系医薬品が開発されてきました。代表的なのはラボナでしょう。ラボナはペントバルビタールという名前でマロン酸由来のメチレン基に2-ペンチル基とエチル基が導入されています。
 

他にもイソミタールや、
 

フェノバルビタールやフェノバルビタールとクロルプロマジンとプロメタジンを調剤した通称「飲む拘束衣」の混合薬ベゲタミンAなどがあります。
  

今現在睡眠薬としてバルビツール酸系が処方されることはまずありません。日本睡眠学会が「極力処方するな」と注意喚起を行ったのでほぼ睡眠薬として認められてないようです。精神科医も「今どきラボナを出す医者はヤブ以外の何者でもない」ときっぱり言い張るのでそうなんでしょう(一部処方されてるクリニックは存在している)。バルビツール酸系の何が悪いのかというと治療域の幅がかなり狭く、一歩間違えれば毒性域に入ってしまうからで、オーバードーズによる致死率1位の自殺薬の王であります。アングラ本「完全自殺マニュアル」の薬死の項にも医薬品のオーバードーズで死ぬにはハードルが高いと言っていましたがラボナだけは「これは死ぬ」と筆者は言い切っています。そこでさらに安全なベンゾジアゼピンが登場して置き換えられています。代表的なのはフルニトラゼパムやトリアゾラムなど。ただしベンゾジアゼピンが完全に安全かと問われると答えはNOで依存症や離脱症状の懸念があります。また他国ではフルニトラゼパムやトリアゾラムが違法薬物になってたりします。六本木で流行ったアップジョン遊び(アップジョンは製薬会社の名前)やダウナー系、眠剤ハイなどと処方箋医薬品の乱用が現在でも続いています。また最も力価の大きいフルニトラゼパムはデートレイプドラッグとして乱用されるので溶けると着色剤の青色が出てくるという工夫もなされました。
   

バルビツール酸系もベンゾジアゼピン系もどちらも作用機序は同じで、中枢神経のGABA受容体に作用してクロリドイオンチャネルを開口することで神経伝達物質眠気担当のγ-アミノ酪酸との親和性を向上させます。さて、睡眠薬すなわち催眠鎮静のお薬は他にも非ベンゾジアゼピン系やオレキシン受容体拮抗系、メラトニン受容体作動系など種類も豊富なので自身に合った主治医や薬剤師との薬選びが大切です。そして創薬化学は日々進歩しています。

●合成について
反応機構は以下の通り。マロン酸ではなくマロン酸ジエチルとエステルを使っているのはエトキシドが良い脱離基であるからです。活性メチレン基の水素は酸性度が大きいのでナトリウムエトキシドで引き抜かれ求核剤のエノラートというか電子が非局在化したカルバニオン種が生じて各種ブロモアルカンとSN2反応を起こします。ナトリウムエトキシド塩基性条件下ジアルキルマロン酸ジエチルに尿素の窒素が求核付加したのちカルボニル基再生に伴いエトキシドアニオンが脱離する。これを2回行う。2回目の求核付加は共鳴効果で安定化したアミドよりも求電子性の高いエステルのカルボニル炭素に求核攻撃をする。という寸法でバルビツール酸系の医薬品は合成できますが今回合成するのに尿素を使うと向精神薬のペントバルビタールになってしまいます。目的物はチオペンタールなのでチオ尿素で反応が代替置換できるか実験的挑戦です。また、2-ブロモペンタンが手元にないので2-ペンタノールの合成から始まります。


●実験
※注意
三臭化リン、ハロゲン化アルキル、ナトリウムエトキシドは皮膚粘膜刺激性・腐食性を有します。いずれの試薬も薬傷、失明の危険性があり、重篤な事故につながる恐れがあります。安易な真似は控えてください。実験者は白衣、保護眼鏡、手袋を着用し、必要に応じて局所排気設備を使用しています。

◆材料◆
・チオ尿素(チオウレア)
・マロン酸ジエチル
・三臭化リン(トリブロモホスフィン)
・2-ペンタノール
・ブロモエタン
・ナトリウムエトキシド
・水素化ナトリウム
・ヘキサン
・メタノール
・ジクロロメタン
・トルエン
・酢酸エチル

◆器具・装置◆
・ナスフラスコ
・ビーカー
・滴下漏斗
・分液漏斗
・ショートパス
・ジムロート冷却器
・ウォーターバス
・オイルバス
・マグネチックスターラー
・ロータリーエバポレーター
・冷却水循環装置

① 2-ペンタノール60mLとジクロロメタン100mLを300mLナスフラスコに入れて氷浴で冷却撹拌しながら三臭化リン35mLを滴下する。
  

② 8時間後に冷却しながら水50mLを非常にゆっくり滴下する。このクエンチの際に臭化水素が発生するのでドラフトチャンバー内で行う。


③ 分液漏斗で有機層を回収する。
 

④ 有機層をモレシー3Aで乾燥させたのちロータリーエバポレーターで溶媒を留去する。
 

⑤ ショートパスを用いてオイルバスで蒸留を行う。117~122℃の留分を回収する。2-ブロモペンタンが得られた。
 

⑥ 500mLナスフラスコにエタノール200mLとナトリウムエトキシド27gを入れる。


⑦ 続いてマロン酸ジエチル34mLと2-ブロモペンタン25mLを加えて2時間加熱還流する。上部には塩化カルシウム管を取り付ける。
 

⑧ 続いてブロモエタン25mLを塩化カルシウム管を外して冷却器の上から加えてさらに2時間還流する。


⑨ 続いてチオ尿素15.2gを加えて2時間加熱還流する。
 

⑩ 反応液をビーカーに出し、活性炭を適量加えて一晩撹拌する。


⑪ 吸引濾過で副生成物の臭化ナトリウムと活性炭を除去する


⑫ ロータリーエバポレーターでエタノールを留去する。場合によっては加熱しながらの真空引きやトルエンや酢酸エチルを加えて水を共沸除去する。今回のオイル化の原因は水の混入であると判明した。粗製チオペントンの固形物が得られた。
  

⑬ 固形物をヘキサンに入れて加熱する。ヘキサン内で秤量した水素化ナトリウムを水素の発生が治るまで慎重に加えてナトリウム塩とする。
  

⑭ 反応液を冷凍庫で冷却する。


⑮ 吸引濾過で淡黄色の固体を回収する。物性の文献比較、TLC展開、アルカリ(NaOH)分解と鉛イオンによる硫黄の定性試験によってチオペンタールが得られたことがわかった。
  

無事チオペンタールを合成することができました。人体に使用するものではない試験研究目的での合成でしたのでイリーガルではありません。バルビツール酸の合成は尿素を使いますが今回はチオペンタールなのでチオ尿素を使って同様の反応が進行するか不安でしたが淡黄色で水に極めて溶けやすいという物性でチオペンタールの合成に成功したと判断します(TLCでもスポットが1つ)。最後に有志によって実験シリーズ50回記念用に描かれたチオペンタールのイメージオリジナル擬人化キャラクターを紹介して終わりにします。希死念慮少年タナトくんです(もちろん由来はタナトス、タナトロン)。


えざお
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