【第49回おうちラボで実験してみた】マラリア蚊駆逐の救世主なのに環境汚染物質?化学のダークヒーローDDTを合成してみた。

〈実験〉有機合成化学・有機化学

【おことわり】
本実験の目的物であるDDTは化審法における第一種特定化学物質で通常は製造と輸入が禁止されていますが試験や研究目的での場合はそれに限りません。実験で生成する分には経済産業大臣の許可を必要としません。

みなさんこんにちは。
今回はかつて農薬や殺虫剤に使われていたDDTというものを合成していきたいと思います。DDTはマラリアを媒介させる蚊を駆除して発展途上国において人命を救う薬であると同時に環境汚染が懸念され第一種特定化学物質に指定された毒である2面性を持つ有機化合物内のダークヒーロー的存在なのです。


●DDTについて
DDTはジクロロジフェニルトリクロロエタン(DichloroDiphenylTrichloroethane)の略称です。化学的な命名法としては正しく無いですが。正しくは4,4\'-(2,2,2-トリクロロエタン-1,1-ジイル)ビス(クロロベンゼン)です。
DDTは1873年に初めて合成されましたが特に使い道もなく放置されていました。が、60年後になって殺虫剤として非常に有能であることが判明しました。この発見はノーベル賞にもなっています。
さて、世界で最も人間を殺している生物は何でしょうか。それは議論の余地なく「蚊」です。日本では夏になると発生したプーンと不快な羽音と共にやってきて血を吸っていく。人間にパァンと叩き潰されるあの蚊です。蚊は血液を媒介させるのでマラリアやエボラなどの感染菌を感染者と接触してなくともゾンビ蚊がやってくれば感染してしまいます。そのためDDTの優れた殺虫効果を利用して広範囲にまたは頭から散布してシロアリや蚊を退治していきました。DDTが利用された引き金は戦後日本の除虫菊が輸入できなくなったことです。除虫菊には今でもお馴染みのピレスロイド系が含まれているので虫の忌避が起こりますがそれが途絶えたために米国がDDTを開発しました。広範囲に撒かれ、人体にも頭からふりかけられる、シラミやシロアリ、マラリア媒介蚊の駆除に関しては有能ですがグリーンケミストリーの簡単ではダイオキシンと同レベルで最悪です。そもそもクロロ基は環境に悪いです。ダイオキシン然りクロロホルム然りポリ塩化ビフェニル然り。そしてベンゼン環を持っている。ベンゼン環は非常に安定なので地球の代謝では分解できない難分解性物質で、環境ホルモン、内分泌撹乱物質になり、発がん性を示します。このような残留性有機汚染物質をPOPs(Persistent Organic Pollutans)と言い、脂溶性で生物濃縮で残留し続け、食物連鎖ヒエラルキーの上にいる者ほど高濃度で摂取する恐れがあります。農薬としての登録もされていましたが今ではもうすでに取り消されて禁止農薬となっています。DDTの実験以外での製造や使用は禁止されています。しかしマラリア撲滅への効果は歴然なので発展途上国にのみ限定的に使用が許可されています。例えばスリランカで1946年には約280万人いたマラリア感染者が1963年には17人まで減少しました。しかし生態系への悪影響で禁止になってから感染者が約250万人に逆戻りしました。
  

●合成について
DDTの合成はかなりシンプルで、酸性下でクロロベンゼンと抱水クロラール(トリクロロアセトアルデヒド)を加熱反応させることで得られます。
反応機構は以下の通りです。
トリクロロアセトアルデヒドが硫酸で酸素がプロトン化を受けますが今回はα炭素に3つも電気陰性度の大きい塩素が結合しているので誘起効果によりカルボニル炭素はかなり強く+に分極し求電子剤になります。クロロ基はオルト-パラ配向性なので今回はパラ位に求電子置換反応が起こるでしょう。そして(4-クロロフェニル)-2-トリクロロエタノールが生成し再度酸素がプロトン化を受けます。すると非常に脱離能の高い水という脱離基ができるので3つの塩素の誘起効果で求電子性が高まった2°炭素が求電子剤となり置換反応を起こすと共に水が脱離して1,1,1-トリクロロ-2,2-ビス(4-クロロフェニル)エタンすなわちDDTが得られるわけです。この脱離反応はクロロベンゼンのsp2炭素が求核剤となったSN2反応と見ることもできますね。クロロベンゼンはオルト-パラ配向性によりオルト位に置換する位置異性体の生成も考えられますが今回はp位の位置選択的反応です。


●実験
※注意
クロロベンゼンは発がん性を有します。濃硫酸は皮膚粘膜刺激性・腐食性を有します。いずれの試薬も薬傷、失明の危険性があり、重篤な事故につながる恐れがあります。安易な真似は控えてください。実験者は白衣、保護眼鏡、手袋を着用し、必要に応じて局所排気設備を使用しています。

◆材料◆
・クロロベンゼン
・トリクロロアセトアルデヒド
・濃硫酸
・エタノール

◆器具・装置◆
・500mLナスフラスコ
・1000mLビーカー
・側管付き滴下漏斗
・ジムロート冷却器
・氷浴
・吸引ろ過装置
・ホットスターラー

① 500mLナスフラスコにクロロベンゼン36mLとトリクロロアセトアルデヒド26gを入れる。
 

② 滴下漏斗に濃硫酸153mLを入れる。


③ 氷浴で冷やしながらゆっくり濃硫酸を滴下する。
 

④ 全量滴下後、室温になるまで放置する。


⑤ 70℃のウォーターバスで60分加熱撹拌する。
  

⑥ 反応液を氷の入ったビーカーに投入する。


⑦氷が溶けたら水酸化ナトリウムを慎重に加えて液性を中性にする。分液漏斗を用いてメチクロで抽出する。有機層と水層はTLCのUVチェックを行う。
 

⑧ ロータリーエバポレーターで濃縮する。
 

⑨ 白色の沈殿物が最低限溶ける量のエタノールを入れて加熱撹拌する。室温で放冷すると結晶が析出する。
 

⑩ 乾燥させて最終的にDDTが得られた。


DDTは国立科学博物館の特別展「毒」(11/1~2/19)でも展示されていました。

人間の命を救うためなのに環境汚染や内分泌撹拌を起こしてしまうとは薬と毒のように化学物質は常にジレンマを抱えるものだなと感じます。今回の実験は経済産業省化学物質監視課に問い合わせたところ、事業での製造・使用でなければ実験で生成したものなら許可を必要としないとの回答が得られましたのでよしなに。それでは次回の実験までさよなラジカル。

えざお
≪≪ 戻る