【第48回おうちラボで実験してみた】チクチクヒリヒリ!有機化学の基礎反応・SN2反応とワサビで最強の催涙剤を合成したい!

〈実験〉有機化学・有機合成化学・天然物化学

【おことわり】
この記事は護身による軽犯罪や過剰防衛による暴行、傷害、威力業務妨害を助長するものではありません。記事を公開後なんらかの事案が発生してもこちらは一切の責任を負いかねます。

みなさんこんにちは。
みなさんはワサビは好きですか?苦手な人はサビ抜きのお寿司を頼むそうですが薬味大好きマンの僕としては寿司にはワサビが欠かせません。ネタの下に忍ばせても良いしワサビ醤油で食べても良いし。他には蕎麦の麺つゆなんかにもネギをたっぷり入れてワサビをピリッと感じるまで入れます。辛いのが苦手な人の意見もわかりますが個人的には唐辛子のカプサイシンとは異なるベクトルのツーンとした辛味が好きです。さて、唐辛子のカプサイシンと出てきましたが、ではワサビの辛味成分はなんなのか。それはズバリ、アリルイソチオシアネートです。


●アリルイソチオシアネートについて
アリルイソチオシアネートはカラシやカラシナ、ワサビなどのアブラナ科の植物が持つグルコシノレートと呼ばれる含硫含窒素配糖体で、


細胞組織が壊れることで酵素分解反応が進行し生成する粘膜刺激性物質です。組織が破壊されるとミロシナーゼという酵素によってシニグリンが生成し、


さらに空気酸化の作用も受けて配糖体としてグルコース基を結んでたスルフィドが分解されてアリルイソチオシアネートが生成します。これと同様なのが大根の辛味発現です。元々これは植物体が自身をを保護するために害虫を忌避させるためのライフハックで、それを人間生活にも応用して害虫駆除による作物保護が農現場で行われています。害虫だけでなく真菌類に対しても非常に優れた抗菌抗カビ作用を持ちます。ワサビに抗菌作用があると昔から言われているのはこのことだったんですね。また、アリルイソチオシアネートは非常に粘膜刺激性が強いために聴覚障碍者のための火災報知器にも使われているそうで、このマスタードオイルの匂いを嗅げばいくら深い眠りに就いている人でも起こすことが可能だそうです。大抵このような生理活性を持ち合わせてる化合物は特定の感受性イオンチャネルと結合してナトリウムイオンやカルシウムイオンの流通を促して脱分極を引き起こして神経の活動電位を引き起こして神経を興奮させるのが一般的です。以前ご紹介したコショウの辛味成分ピペリンはTRPV1受容体に作用して辛痛と温度感受性を上げるのでした。今回のアリルイソチオシアネートも同様にTRPV1受容体に加えTRPA1受容体の2つのイオンチャネルに作用して炎症性疼痛を引き起こし結果的に焼けるような痛みと熱感を生じることになるのです。

●催涙剤について
催涙剤にもいくつか種類がありますが際立って有名なのがトウガラシスプレーでしょう。別名オレオレジンカプシカム(OC剤)とも呼ばれ後遺症の残らない非致死性兵器として護身用として用いられます。トウガラシスプレーというくらいですから中身は当然カプサイシンなのですが噴霧した対象の範囲の全ての粘膜を猛烈に刺激するため特別規制が敷かれているわけではなではないが、正当な理由のない携帯は軽犯罪や生活安全条例に引っかかる可能性があります。また使用に際しても場合によっては過剰防衛や傷害と見なされることもあるそうです。
今回の合成マスタードオイルはどうなんでしょうね。


●アリルイソチオシアネートの合成について
カラシの種子を乾留すればマスタードオイルが得られます。これを「天然マスタードオイル」と言いますが要は辛味成分としてアリルイソチオシアネートを含む油脂のことで料理に使われたり市販されたりしてます。逆に「合成マスタードオイル」と呼ばれる人工的に合成した純粋なアリルイソチオシアネートは非常に凶悪な催涙作用を持っていることでしょう。ワサビを多めに付けてしまっただけであのツ??ンと涙が出てくるほど微量の揮発性分が三叉神経を刺激するほどなのですから少なくとも98%<な合成マスタードオイルは恐ろしい代物になることでしょう。
合成は至ってシンプル。臭化アリルにチオシアン酸カリウムを反応させるだけです。反応機構は以下の通り。


チオシアン酸イオンが求核剤、臭素が脱離基となり協奏的な二分子的求核置換反応(SN2反応)が起こります。有機化学における非常に基礎的な反応です。今回脱離基のα炭素は一級炭素ですから先に脱離基が外れて求核剤があとから超共役安定化を受けない第1級カルボカチオンに段階的に結合するSN1反応が起こり得ないのはお分かりの通りだと思います。さて、今回のようなアリル位でのSN2反応では求核剤のローンペアとアリルの二重結合が相互作用し、遷移状態では電子が非局在化して安定化します。安定するということは活性化エネルギーが低いと同値なのでこの反応は非常に早く進行します。


また、SN2反応では非プロトン極性溶媒を用いることが多いです。それは求核剤のカウンターカチオンが溶媒分子のドナー原子で溶媒和され、求核剤が裸になって反応しやすくなるからです。今回の溶媒選択はエバポで飛ばしやすく、原料のチオシアン酸カリウムを溶かせるアセトンが適当でしょう。そして反応速度が速いので冷却しながらゆっくり滴下していきます。反応スケールは413mmolです。
(非プロトン極性溶媒: 比較的酸性度の大きな水素を含まない溶媒。MeCNやDCM、ACE、DMF、DMSOなど)

●実験
※注意?臭化アリル、アリルイソチオシアネートは粘膜刺激性を有します。チオシアン酸カリウムは皮膚刺激性を有します。臭化アリル、アセトンは可燃性の危険物です。いずれの試薬も薬傷、失明の危険性があり、重篤な事故につながる恐れがあります。安易な真似は控えてください。実験者は白衣、保護眼鏡、手袋を着用し、必要に応じて局所排気設備を使用しています。

◆材料◆
・臭化アリル(3-ブロモ-1-プロペン)
・チオシアン酸カリウム
・アセトン

◆器具・装置◆
・300mLナスフラスコ
・側管付き滴下漏斗
・氷浴
・吸引ろ過装置
・ジムロート冷却器
・ショートパス
・ウォーターバス
・オイルバス
・冷却水循環装置
・マグネチックスターラー
・ロータリーエバポレーター

① 300mLナスフラスコにアセトン100mLを入れてチオシアン酸カリウム45gを加える。
 

② フラスコを冷却し、側管付き滴下漏斗から臭化アリル50gをゆっくり滴下しながら30分撹拌する。副生成物の臭化カリウムによって液体が白濁する。
   

③ 70℃のウォーターバスにフラスコを浸して30分加熱還流して反応を完結させる。


④ 吸引ろ過で臭化カリウムの白色個体を取り除く。


⑤ 反応溶液からロータリーエバポレーターでアセトンを留去する。
 

⑥ 留去後、ナスフラスコにショートパスを取り付けて減圧蒸留する。
 

⑦ アリルイソチオシアネートが得られた。収率81.3%褐色瓶で保管する。催涙スプレーとして使用する場合は100均のスプレーボトルに移して使用するのが良いだろう。
 

めでたくアリルイソチオシアネート原液が手に入りました。香りを嗜む程度に嗅いでも三叉神経を刺激してあの涙目になる独特のツーンと催涙性が現れます。恐ろしくツーンとします。マジで最恐鬼ワサビ作った。揮発性及び拡散性を高くするために極冷却下でジメチルエーテルか、なるだけ避けたいですがフロン類と混ぜてガススプレー化すれば「W-AITCガス」なるものができるかもしれません(WはWASABIの頭文字)。それでは次回の実験までさよなラジカル。

えざお
≪≪ 戻る