【第45回おうちラボで実験してみた】毒殺代表凶器?超悪用厳禁ペロッと青酸カリを作ってみた。

〈実験〉無機化学

みなさんこんにちは。
今回はいよいよ毒物の代名詞であり王座に君臨する凶悪物質・青酸カリを合成していきたいと思います。某国民的探偵アニメやサスペンス、ミステリードラマでその名が知られているのはやはり「毒殺に使う凶器」としてでしょう。少量を飲み物に混ぜ込み、飲んだ相手が胸元を掻きむしりながら苦しんで死んでいくシーンを一度は見たことがあるのではないでしょうか。さて、そんな危険極まりない青酸カリ、作れるの?とお思いのみなさん。答えは「作れます。」しかもいとも簡単に。

●青酸カリについて
みなさんが口々に言う青酸カリは俗名で、正式名称はシアン化カリウム。化学式KCNで表される無機化合物です。なんと意外なことにカリウム、炭素、窒素のたった3つの元素からしかなっていないのです。KFCは違う。ケンタッキーフライドチキンだ。あれは食べても大丈夫むしろ美味い。話を戻します。シアン化カリウムは猛毒で致死量は成人1人あたり0.2~0.3g程度と見積もられています。なぜこのような毒性を示すのか。それはKCNのうちCN⁻に秘密があります。このイオンをシアン化物イオンといいますが、このイオンめちゃくちゃ金属イオンと仲が良いです。つまり配位結合しやすいということです。具体的にどれくらい配位能が強いかというとシアン化カリウム水溶液に金を入れると溶けます。錯体となって溶けます。これを踏まえると、まずシアン化カリウムが体内に入ると胃液とぶつかります。胃液は胃酸と言われるくらいですからもちろん酸性です。すると弱酸遊離反応が起こりシアン化水素が発生します。
KCN+HCl→KCl+HCN↑
これが超超超最悪で、速攻血液のヘモグロビンと結合します。なぜならヘモグロビンの中には金属の鉄がいるから。このシアン化水素とヘモグロビンが結合したシアンヘモグロビンは酸素運搬能力を失います。よって身体全身に酸素を供給することができなくなります。また、細胞内ではたらく酵素にも補因子として金属イオンが含まれています。シアン化物イオンはそこも見逃さずに結合したがります。ゆえに酵素のはたらきが阻害されて細胞呼吸が行えずに細胞が死にます。なんという鬼畜の所業。
余談ですが、青酸カリという名前とシアン化カリウムという名前を並べてみて何か気が付きませんか?青とシアンが並んでるんです。シアンと言えばコピー機のインクの青色のことですよね。これは歴史的に、錬金術の時代、動物の内臓(タンパク質だから窒素がたっぷり)や血液と植物の灰からとれる灰汁(カリウムがたっぷり)を錆びた鉄鍋(鉄がたっぷり)で煮込んでいたときに偶然見つかった、鉄とシアン化物イオンによる錯体が青色の顔料であることに由来します。

●青酸カリで毒殺ってどうなの?
ミステリーやサスペンスのフィクションの世界で登場する毒薬・青酸カリ。そもそもなんで青酸カリが毒殺の凶器として有名になったかというとこれには歴史的背景があります。前述の通りシアン化物イオンは金属イオンと仲良しです。なのであの金さえも容易に溶かしてしまいます。王水を使わなくても金を溶かせるので金メッキなどに重宝されます。なので昔の鍍金工場にはシアン化カリウムが大量に貯蔵してありました。が、その薬品管理の杜撰さったら最悪のレベルで、盗もうと思えばあれよあれよと盗めるレベル。なのでこの時代で身近な毒物と言えばシアン化カリウム、青酸カリだったわけです。化学物質や化学薬品の規制がこれでもかというほど厳しくなった現在、身の回りにある即死毒は?と聞かれても思いつきませんよね。平和な時代になりました。
さて、殺したいほど憎い相手を持つあなたは、この青酸カリを使って毒殺してやろうと殺害計画を立てるわけですが、ここではっきり言っておきます。青酸カリによる毒殺はナンセンスの極みです。では何が一体ダメなのか。まずそもそも毒の理想形はなんでしょう。
(1)相手に気付かれず投与できること
(2)ごくごく少量で致死量になること
(3)司法解剖でも成分が検出されないこと
主にこの3つが挙げられると思います。
まず(1)についてですが、シアン化カリウムは強塩基性を示します。強塩基性ということはクッソ苦い不味いということです。この時点で味バレ確定です。毒を盛られたことに気付いて吐きます。続いて(2)についてですが、シアン化カリウムの成人致死量は少なく見積もっても0.2gと言いました。0.2gって数値は小さいですけど粉で見ればまあまあな量です。そしてここでシアン化カリウムの最大の欠点である安定性。シアン化カリウムは潮解性のある物質で、空気中の二酸化炭素と反応してシアン化水素を放出しながら徐々に無毒の炭酸カリウムに変化していきます。炭酸カリウムの一切混じっていない純品のシアン化カリウムを0.2gです。ハードルが高いですね。そして(3)についてですがこれはもう。ご存知の通りシアン化水素はアーモンド臭という独特な匂いを放ちます。この時点で死因は勘付かれるのですが、検死や血液採取をすればもうものの見事にシアン化水素中毒の症状が丸わかり。というわけで青酸カリ改めシアン化カリウムが毒殺に全く向いていないことがお分かりいただけたと思います。
せっかく毒殺を行うならまるで病死のように見せかけられる○○○○○○やごく微量で死に至り体内で分解して証拠隠滅できる○○○や○○○○○を使いますがね。

●合成について
シアン化カリウムの合成については調べる限り色々やり方があるようです。いくつか紹介します。
① フェロシアン化カリウムの強熱分解。
19世紀くらいの古典的な方法でフェロシアン化カリウム(ヘキサシアニド鉄(Ⅱ)酸カリウム)を高温で熱分解する方法です。炭酸カリウムを加える場合もあります。この頃はアルカリ金属のシアン化物を主にフェロシアン化物の熱分解で得ていたそうです。反応式は次の通り。
K₂[Fe(CN)₆]→4KCN+FeC₂+N₂
水に溶かしてろ過で炭化鉄を取り除いて濾液を加熱濃縮すれば良さそうですね。

② フェロシアン化カリウムに金属ナトリウムを混ぜて強熱する。
フェロシアン化カリウムに金属ナトリウムをダイレクトに混ぜて二つが溶け合ってドロドロになるまで加熱。中身を取り出して放冷すると黒い鉄が混じった塩の塊ができます。これを水に溶かしてろ過で鉄を取り除いて濾液を濃縮すれば良さそうですね。反応式は次の通り。ちなみにここで金属カリウムを使わないのは金属カリウムは加熱すると塊状でも発火するからです。
K₂[Fe(CN)₆]+4Na→2KCN+4NaCN+Fe

③ 水酸化カリウムと尿素を混ぜて強熱してシアン酸カリウムを合成、炭素で還元する。
水酸化カリウムを出発原料とするやり方です。尿素を使う場合は二つを混合して強熱しシアン酸カリウムを合成、これを炭素粉で還元してシアン化カリウムにする。尿素の代わりにシアヌル酸を使う場合は水酸化カリウム、シアヌル酸、炭素粉を混ぜ合わせて強熱。シアヌル酸カリウムが熱分解で3分子のシアン酸カリウムに変化します。この方法は炭酸カリウムが副生成し、後の作業で除去できない(シアン化カリウムと炭酸カリウムを分離できない)のが難点です。あとは反応途中に二酸化炭素が発生するため、生成したシアン化カリウムと反応して炭酸カリウムになってしまう副反応が起こる可能性が高いです。反応式は次の通り。
KOH+CO(NH₂)₂→KOCN+NH₃+H₂O
2KOCN+C→2KCN+CO₂
(2KOH+CO₂→K₂CO₃+H₂O)
3KOH+H₃C₃N₃O₃→K₃C₃N₃O₃+3H₂O
K₃C₃N₃O₃→3KOCN
2KOCN+C→2KCN+CO₂


④ フェロシアン化カリウムを熱希硫酸で分解してシアン化水素を発生させる。
フェロシアン化カリウムに希硫酸を加えて加熱するとシアン化水素が遊離するらしいです。濃硫酸を用いないのは熱濃硫酸が酸化剤となってシアン化物イオンをシアン酸イオンにしてしまうからでしょう。フェロシアン化カリウムと希硫酸の混合液を蒸留すればシアン化水素酸(水にシアン化水素が溶けたもの)が留出してくるはずです。あとはこれに水酸化カリウム水溶液を加えて中和して濃縮すればシアン化カリウムが得られるはずです。反応式は以下の通り。
K₂[Fe(CN)₆]+3H₂SO₄
→6HCN+FeSO₄+2K₂SO₄
HCN+KOH→KCN+H₂O


以上①~④が主だったシアン化カリウム、青酸カリの作り方です。ご覧の通り①~③は使う試薬が少なく、原料も安価ですが、強熱という厳しい反応条件を必要とします。④はマイルドな反応条件ですが、一旦シアン化水素を経由しなければなりません。シアン化水素は猛毒ガスなのでなるべくこの方法は取りたくありません。また、④に関しては生成した硫酸鉄(Ⅱ)とフェロシアン化カリウムが反応して沈殿する副反応が1回の反応につき1回起こるので原料のフェロシアン化カリウムが2当量必要なことが予想されます。
以上を踏まえると一番やりやすいのは①でしょう。

●実験
※注意
シアン化カリウムは毒物であり、酸と反応すれば猛毒のシアン化水素を発生させます。また、強塩基性で皮膚を侵します。いずれの試薬も薬傷、失明の危険性があり、重篤な事故につながる恐れがあります。安易な真似は控えてください。実験者は白衣、保護眼鏡、手袋を着用し、必要に応じて局所排気設備を使用しています。

◆材料◆
・フェロシアン化カリウム(ヘキサシアニド鉄(Ⅱ)酸カリウム)
・エタノール

◆器具・装置◆
・適当容量ビーカー
・250mL丸底フラスコ
・スチール空き缶
・ステンレストレー
・ガスバーナー
・吸引ろ過瓶
・ロータリーエバポレーター
・冷却水循環装置
・水流式アスピレーター

① フェロシアン化カリウム100gを空き缶に入れる。
 

② 空き缶をガスバーナーで加熱する。時々中身を撹拌する。フェロシアン化カリウムが溶融する。
 

③ フェロシアン化カリウムが溶融してから30分ほど加熱を続けたら中身が液体であるうちにステンレストレーに流し込む。


④ 溶融物を砕いてビーカーに移し、熱湯100mLを加えてよく撹拌する。


⑤ 吸引ろ過で炭化鉄などの不溶成分を取り除く。
 

⑥ ろ液をエタノール150mLに加える。シアン化カリウムの結晶が晶析してくる。これを吸引ろ過で回収する。
 

⑦ ろ液をナスフラスコに移してロータリーエバポレーターで水及びエタノールを留去する。


⑧ 留去後に結晶が残留したフラスコにエタノールを加えて吸引ろ過で回収する。シアン化カリウムが得られた。


⑨ フラスコに入れて三方コックで減圧しながら水蒸気浴で乾燥させる。


⑩ 固体が乾燥したら褐色瓶に入れて窒素をフローし、密閉して保管する。収率50.63%
おおよそ200人分の致死量に相当する。


〈シアン化物イオンの確認〉

青化法に似た反応で本当に青酸カリが出来たか確かめてみましょう。
① 合成シアン化カリウムを少量水に溶かして金箔を加える。


② 金が錯体となって溶けた。
4Au+8KCN+O₂+2H₂O→4K[Au(CN)₂]+4KOH


めでたく青酸カリを作ることができました。毒物界の帝王の名の割になんとも呆気なく簡単に作れましたね。過去様々な毒物や劇物の作り方を紹介してきましたが、青酸カリとなるとなんだか来るとこまで来ちゃった感ありますね。何度も言うようですがこの記事をはじめその他諸々を見て触発されて事故や事件が起きてもこちらでは一切の責任を負いません。まあ真似する人いなでしょうけど。それではさよなラジカル。

えざお
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