【第39回おうちラボで実験してみた】砂糖から超激苦の自白剤を合成してみた。

〈実験〉有機合成化学・糖化学

みなさんこんにちは。
今回は砂糖から激苦物質を合成していきたいと思います。甘くて美味しい砂糖からそんなものが作れるのかと思ってしまいますが、化学の力を使えば可能なのです。

●自白剤について
自白剤とは諜報機関などで使用される自白を強要する薬物で、拷問など痛々しい物理攻撃で守秘を破らせるのではなく、不可抗な薬理的アプローチで相手の意識を朦朧とさせ黙秘出来なくさせるものです。実際はLSDやらチオペンタールやらアルコールやら植物アルカロイドを用いてたらしく、そもそも使用する薬物が危険で違法なこと、非人道的で倫理的に許されがたいなどの理由から今現在自白剤が捜査に用いられることはまずありません。自白剤は中枢神経に作用して大脳上皮を麻痺させることで当人の判断力を鈍らせることが目的ですが、今回は「味覚」に作用して耐えがたい苦痛により秘密を吐かせるタイプの自白剤を作っていきましょう。


●合成ターゲットについて
今回合成する物質は嫌悪剤という、動物や幼児が日用品を口に入れないように添加されるものに使われるくらい苦味が強く、人間なら数ppmほどの希薄さでも感知できるほどで、1kgの砂糖に0.6g混ぜるだけで苦すぎて食べられなくなるという凶悪具合。しかしながら食品添加物や市販薬としての利用についてはアメリカ合衆国環境保護庁(EPA)により承認が下りており、毒性も低く安全性は高いものとされています。さて、その物質の正体はオクタアセチルスクロースと呼ばれるものです。構造式は以下の通り。

スクロースはα-グルコースとβ-フルクトピラノースが1,2-グリコシド結合した二糖類で、その8つのOH基を酢酸ナトリウム触媒を用いて無水酢酸でアセチル化することでこの物質は得られます。ちなみにオクタとはギリシャ数詞で8という意味です。


アセチル化という化学修飾を行うことで砂糖は苦味物質へと変化します。端的に見れば甘い砂糖に酸っぱい酢酸が結合して苦い物質が生成すると捉えられます。そう考えてみると不思議ですね。

●味覚について
味覚自体は味細胞に発現している味覚受容体によるもので、旨味/甘味はT1Rファミリー、苦味はT2Rファミリーという受容体が味成分と結合し、神経伝達により脳に情報を伝えて味を認識します。生物にとって栄養が豊富であるとされているものは旨味/甘味として、有毒な物質とされているものは苦味として認識されます。美味しいものは食べたいし、不味いものは吐き出したい、これは生物としての本能ですね。旨味/甘味受容体と苦味受容体では構成するタンパク質の種類が違いますから、味成分の構造によってどの受容体と結合しやすいかが変わります。砂糖がアセチル化されて構造的に大々的な変化を遂げれば今まで結合できていた甘味受容体からは弾かれ、受け入れ先はうってかわって苦味受容体となるわけです。

●実験
※注意
無水酢酸は皮膚粘膜刺激性・腐食性を有します。いずれの試薬も薬傷、失明の危険性があり、重篤な事故につながる恐れがあります。安易な真似は控えてください。実験者は白衣、保護眼鏡、手袋を着用し、必要に応じて局所排気設備を使用しています。

◆材料◆
・スクロース(グラニュー糖でも可)
・酢酸ナトリウム無水物
・無水酢酸
・2-プロパノール

◆器具・装置◆
・250mlナスフラスコ
・300mlビーカー
・ジムロート冷却器
・吸引ろ過瓶
・オイルバス
・ホットマグネチックスターラー
・冷却水循環装置
・水流式アスピレーター

① 250mlナスフラスコにグラニュー糖10.0gと酢酸ナトリウム無水物5.0gと無水酢酸50mlを入れて攪拌する。
  

② 170℃のオイルバスで90分間加熱還流する。
 

③ 氷水(氷100g/水200ml)に反応液を注ぎ込み、粘稠な物質が生成するまで攪拌する。
 

④ 氷水を慎重に取り除き、水150mlを加えて粘稠物質を洗浄する。


⑤ 水を取り除いたら2-プロパノール40mlを加えて湯煎で粘稠物質を溶かし、再結晶を行なう。
 

⑥ 吸引ろ過で回収し、少量の2-プロパノールで洗浄する。オクタアセチルスクロースが得られた。


めでたくオクタアセチルスクロースの合成に成功しました。毎度のことながらこのような実験産物を口にするのは褒められたものではありません。しかし「苦味物質」と云われるからには舐める以外の確認のしようが無いので小指の先に少しつけたものを舐めてみます。はい、地獄。ありえない。世界一苦いと言われる安息香酸デナトニウムに負けず劣らずのエグさ。間違いなく人が口にしていいものではありませんね。それでは次回の実験までさよなラジカル。

えざお
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