【第29回おうちラボで実験してみた】trans-ジクロロビスエチレンジアミンコバルト(Ⅲ)塩化物を合成してみた。

〈実験〉無機合成化学・錯体化学

みなさんこんにちは。
またまた遷移金属錯体の合成です。今回の中心金属元素はコバルトです。鉄族元素は綺麗な錯体を作りますからね。配位子はエチレンジアミンを使います。ここだけの話、平成30年施行の毒劇物取締法改正に伴い今まで普通物として買えたエチレンジアミンが買えなくなってしまい入手に苦労しました。令和2年施行の改正ではさらに酸化コバルト(Ⅱ)が毒物に、特定のフッ化物塩が劇物にとよく分からない状態になっています。特に酸化コバルト(Ⅱ)が毒物指定というのが不可解。遥かに毒性が格上な二クロム酸カリウムでさえ劇物なのに。話が逸れてしまいましたがとにかく有能配位子のエチレンジアミンがやっとこさ手に入ったので念願の錯体を合成していきましょうというお話です。



●合成ターゲットについて
エチレンジアミン2分子をコバルト(Ⅲ)イオンに配位させたジクロロビスエチレンジアミンコバルト(Ⅲ)塩化物を合成します(名前クソ長い)。実はこの錯体、配位子の位置が空間的に違う2つの幾何異性体を生じます。それぞれシス型とトランス型と分類されます。シス-トランス異性体は有機化学でも炭素-炭素二重結合を含む化合物に現れましたよね。同様のことがこの錯体でも起こります。
trans-ジクロロビスエチレンジアミンコバルト(Ⅲ)は緑色をしています。今回のターゲットはこのトランス型です。

cis-ジクロロビスエチレンジアミンコバルト(Ⅲ)は赤紫色をしています。
配位子の位置が異なるということは吸収する波長も違うので必然的に色も違ってくるわけです。その辺の遷移金属錯体が発色する理由や異性体による色の違い(吸収スペクトルの差)はそれぞれ静電結晶場理論や配位子場理論によって説明されます。どちらも金属イオンのd軌道と配位子の相互作用について考えたものです。
さて、このトランス型錯体は酸加水分解を起こすことでシス型へ異性化することが知られています。今回は緑色のトランス型が欲しいのでその点留意しながら合成していきましょう。



●実験
※注意
エチレンジアミン、濃塩酸は皮膚粘膜刺激性・腐食性を有します。過酸化水素水は皮膚粘膜腐食性を有します。塩化コバルト(Ⅱ)六水和物は皮膚粘膜刺激性有する重金属塩です。エタノールは引火性と麻酔性を有します。いずれの試薬も薬傷、失明の危険性があり、重篤な事故につながる恐れがあります。安易な真似は控えてください。実験者は白衣、保護眼鏡、手袋を着用し、必要に応じて局所排気設備を使用しています。

◆材料◆
・塩化コバルト(Ⅱ)六水和物
・エチレンジアミン
・15%過酸化水素水
・酸化マンガン(Ⅳ)
・濃塩酸

◆器具・装置◆
・200ml三角フラスコ
・適当容量ビーカー
・250ml二口フラスコ
・コック付きフラスコ
・滴下漏斗
・ゴムチューブ
・吸引ろ過器
・マグネチックスターラー
・マントルヒーター
・水流式アスピレーター

① 塩化コバルト(Ⅱ)六水和物16gを水50mlに溶かす。
 

② 10%エチレンジアミン60mlを調製する。


③ 塩化コバルト(Ⅱ)水溶液にエチレンジアミン水溶液を加えて攪拌する。


④ 反応装置を組み立て、滴下漏斗に15%過酸化水素水、コック付きフラスコに酸化マンガン(Ⅳ)を入れておく。ノズルにゴムチューブとガラス管を取り付け③の溶液に誘導する。


⑤ ゆっくり過酸化水素水を滴下し、発生した酸素をバブリングして酸化を行う。


⑥ 酸化後の溶液に濃塩酸40mlを加える。
 

⑦ 液面に結晶が析出するまで加熱濃縮を行う。液体が赤紫色から緑色に変化する。


⑧ 室温放冷し結晶を十分に析出させたのち吸引ろ過で回収する。結晶は少量のエタノールで洗浄する。
 

⑨ 結晶を乾燥させる。緑色のtrans-ジクロロビスエチレンジアミンコバルト(Ⅲ)塩化物が得られた。


今回はポピュラーな方法らしい酸素によるコバルト(Ⅱ)イオンの酸化を行いましたが後の実験で過酸化水素水を加えても全然イケる事が判明しました。どちらにせよ綺麗な錯体が得られます。遷移金属錯体は基本的に紫?青か黄色?橙色が多く、ここまでの真緑色は珍しいので以前からどうしても作ってみたかったのでした。また、この錯体は配位子交換を行うことが可能で、チオシアン酸カリウムと混ぜて煮るだけで塩化物イオンがチオシアン酸イオンに置換されます。

チオシアン酸イオン置換後の錯体はうってかわって鮮やかな赤色をしています。配位子の種類を変えるだけで様々な色が作れるのが錯体合成の面白いところですね。
それでは次回の実験までさよなラジカル。

えざお
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