【第25回おうちラボで実験してみた】1g1万円超えの高級試薬ヘキサクロリド白金(Ⅳ)酸カリウムを合成してみた。

〈実験〉無機合成化学

みなさんこんにちは。
今回も前回に引き続き遷移金属錯塩の合成です。今までは第4周期のベースメタルを用いた錯体でしたが今回は贅沢に白金を使いたいと思います。白金は字面だけ見るとホワイトゴールドになりますがそれはあくまで金と割金とのアクセサリー用合金のことであって化学ではプラチナのことを指します。なぜ今回プラチナを用いるかと言いますと家からだいぶ昔に購入した白金地金が見つかりまして、質屋に納めるのも良いのですがやはり高付加価値化を目指して化学屋らしく高い試薬に変換してやろうと思い立ったわけです。
「せっかくの地金をもったいない…」
とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが2020年12月現在の白金相場が約4000円/gに対して白金試薬の相場は約13000円/gです。なんと3倍に価値が跳ね上がるんです!まるで錬金術!(絶対違う)

●実験について
今までの錯体合成は試薬の金属塩(塩化物や硫酸塩など)を用いてきましたが今回は原料が単体なのでなんとか溶かしてイオンにしなければなりません。しかし相手はあのプラチナ。腐食性に優れた永遠の輝きを持つ強敵です。そんなヤツにもただ一つ弱点が。そう王水!王の水!錬金術師が「この液体なんでも溶かせるやんけwww」と名付けたくらいですからその威力は凄まじいものです。高校化学で習うイオン化傾向序列、小さい順トップ2の金と白金は硝酸に溶ける銀や銅などの雑魚とは違って濃硝酸、熱濃硫酸にも犯されないレベルの金属。それを溶かせるのは王水くらいです(実は他にも溶かせる薬品はありますが本筋ではないので省略)。

●王水について
王水はかなり有名なので知ってる人もいると思いますが一応説明しておくと濃硝酸と濃塩酸を体積比1:3で混合したものです。体積比とはなんとまぁザックリな…と思われるかもしれませんがあまり厳密である必要はなく、この比率が物質量比的にも経験的にも上手くいっているので良しとしているわけです。
濃硝酸と濃塩酸が混ぜ合わさると
HNO₃+3HCl→NOCl+Cl₂+2H₂O
という反応が起こります。ここで生成するNOClは塩化ニトロシルと呼ばれるもので化学を勉強した人ならわかると思いますが電気陰性度つよつよ三銃士が集結してるえげつない分子です。それにプラスして塩素もできるわけです。絶対酸化させるマンの出来上がりですね。そしてこいつらが金や白金などを攻撃して電子を奪い取り無理やり陽イオンにしてやり、そこに塩素が還元されて生成する塩化物イオンや過剰の塩酸由来の塩化物イオンが配位して安定なクロリド錯イオンになります。一連の流れを見るとまるでカツアゲのようですね。さてさて以上のことから王水がどのようにして金や白金を溶かせるのかわかって頂けたと思います。白金に関してはニトロシルとの親和性が強く金とは異なり配位子として混入して純粋なクロリド錯体にならない可能性があります。本来純品を得るには白金を塩酸中に懸濁して塩素や過酸化水素を加えるのがセオリーですが粉末でないと反応しなかったりするので手っ取り早く確実な王水を使います。ニトロシル混入に関しては加熱濃縮すればある程度塩素と一酸化窒素に分解してくれますが、さらに濃塩酸の添加の濃縮を繰り返すことで追い出すことが出来ます。それではさっそく実験していきましょう。

●実験
※注意
濃塩酸、濃硝酸は皮膚粘膜刺激性・腐食性を有します。王水は非常に強い酸化力と腐食性を有します。発生する塩素、二酸化窒素、塩化水素はいずれも非常に有害な気体です。いずれの試薬も薬傷、失明の危険性があり、重篤な事故につながる恐れがあります。安易な真似は控えてください。実験者は白衣、保護眼鏡、手袋を着用し、必要に応じて局所排気設備を使用しています。

◆材料◆
・白金
・濃硝酸
・濃塩酸
・塩化カリウム

◆器具・装置◆
・適当容量丸底フラスコ
・二口フラスコ
・駒込ピペット
・単蒸留装置
・スターラー付きマントルヒーター
・冷却水循環装置
・ドラフトチャンバー

① 濃硝酸と濃塩酸を体積比1:3で混合して王水を調整する。


② 王水に白金片5.0gを入れて溶かす。加熱すると効率的。溶けきれない場合は適宜王水を調整して追加する。
  

③ 蒸留装置を組み立て、得られた白金溶解液を乾固しきらない程度に加熱濃縮する。塩化ニトロシルの分解に伴って塩素と二酸化窒素が発生するのでアルカリトラップをアダプタに繋げておくとよい。


④ 濃縮物に濃塩酸25ml加えて加熱濃縮を続ける。これを二酸化窒素が発生しなくなるまで繰り返す。
 

⑤ ある程度塩化ニトロシルが追い出されたら濃縮物を飽和塩化カリウム水溶液に流し込む。


⑥ 晶析した結晶を吸引濾過で回収する。ヘキサクロロ白金(Ⅳ)酸カリウムが得られた。収率は90.21%であった。


めでたく単位グラムあたり1万円越えの超高級試薬の合成に成功しました。収量は約10gほどなので単純計算で13万円ということになります。このヘキサクロリド白金(Ⅳ)酸カリウムはシュウ酸カリウムなどで還元するとテトラクロリド白金(Ⅱ)酸カリウムとなり、アンモニアと反応させると抗がん剤のシスプラチンになったり実は結構有用な薬品なんです。いつかは白金地金からの抗がん剤シスプラチンのフルスクラッチもやってみたいですね。
それでは次回の実験までさよなラジカル。

えざお
≪≪ 戻る