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〈座学〉医薬品化学・有機合成化学・薬理学

みなさん化学の教科書にも出てくる代表的な鎮痛剤である「アスピリン」をご存知でしょうか。市販薬ではバファリンにも配合されています。
アスピリンはドイツのバイエル社の商標ないし日本薬局方での名称で化合物名は「アセチルサリチル酸」といい、構造式は以下です。

名の通りサリチル酸をアセチル化させたものです。アセチル化はエステル化(第1回座学編参照)の一つでアセチル基(-COCH₃)が導入されます。

今回はこのアセチルサリチル酸を合成していきたいと思います。有機化学実習にも用いられるくらいのスタンダードな合成です。
さて、いつもの如く基礎知識から紹介します。

●アスピリンの誕生
ヤナギの樹皮は古代ギリシャ時代から痛風や神経痛治療に使われたとされ、その鎮痛効果は古くから知られていました。
紀元前400年前の医師ヒポクラテスもヤナギの樹皮を鎮痛剤として用いていました。
その鎮痛作用を持つ成分が「サリチル酸」です。
 
18世紀にヤナギによる解熱効果が確認され、19世紀中頃に解熱成分となるサリチル酸配糖体が分離され、その後分解物としてサリチル酸が単離されました。
実は日本でもヤナギで作った爪楊枝には歯痛を抑える効果があることが知られていました。
しかし、サリチル酸をいざ服用するとなると胃壁障害等の副作用が起こることが多々ありました。そこでドイツの化学者であるフェリックス=ホフマンによって副作用の少ないアセチルサリチル酸が合成されました。
続いて何故アセチルサリチル酸が鎮痛,解熱,消炎効果を持っているのか見ていきましょう。

●アセチルサリチル酸の作用機序
そもそも痛みはホスホリパーゼA₂という酵素により膜リン脂質からアラキドン酸が遊離し、それからシクロオキシゲナーゼと呼ばれる酵素によって様々な炎症反応を誘発する生理物質であるプロスタグランジン類が生成することが原因です。このような経路を「アラキドン酸カスケード」と呼びます。なんだかいろいろ呪文のようですね。

そしてアセチルサリチル酸はアラキドン酸からプロスタグランジン類を作る酵素であるシクロオキシゲナーゼの働きを阻害して炎症、痛み、発熱を抑制します。このような作用をする薬を非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)と言います。

他のNSAIDsは酵素活性部位に分子が嵌まり込むだけの可逆的阻害ですが、アセチルサリチル酸についてはシクロオキゲナーゼの活性部位にあるセリン残基のOH基をエステル交換反応でアセチル化してしまうことによって不可逆的に阻害してしまうのです。

またアセチルサリチル酸によって血小板中のシクロオキゲナーゼを阻害すると凝集反応を引き起こすトロンボキサンA₂が生成しないので抗血小板薬として使われることが現在はメジャーらしいです。

●アセチルサリチル酸の合成
次に合成法を見てみましょう。
サリチル酸をアセチル化させると前述しましたが反応機構は以下です。

アセチル化剤に酢酸無水物を用いたFischerのエステル化反応です。それぞれについて説明していくと、まず酢酸無水物のカルボニル酸素が酸触媒によりプロトン化します。カルボニル基はプロトン化されると求電子性が高まるので、カルボニル炭素がサリチル酸のOH基の求核攻撃を受けます。このときOH基由来のプロトンが脱離し、酢酸無水物の結合酸素に付加します。反応中間体でカルボニル基が再生して酢酸が脱離し、最後にカルボニル酸素がプロトンを離します。アセチルサリチル酸が合成できました。酸触媒には濃硫酸を使っていきます。

●フェノール性OH基の検出
最後にちょっと重要になってくる反応をご紹介します。「フェノール性OH基の検出」です。芳香環に直接結合したOH基は塩化鉄(Ⅲ)水溶液によって錯体を形成し、紫色の呈色反応を示します。

今回アセチルサリチル酸が合成できたかどうかはこの反応で確かめたいと思います。OH基をアセチル化するので、もし合成が成功したとすると呈色反応を示さないことになります。

さて今回は薬理学、有機化学の分野でさらっとお話ししてみました。自分でも難しいと思える内容なのでとりあえずこの記事は現役薬学生の方々には絶対見られたくなぁと思うばかりです。

それでは次の実験編まで
さよなラジカル。

えざお

〈実験編はこちら〉

【参考文献】
[1]中外製薬 近代のくすり創り
[2]薬局実習.com
[3]プロスタグランジンとアスピリン

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